9月のドイツ総選挙結果を受け、社会民主党(SPD)、緑の党、自由民主党(FDP)の3党間で行われていた連立交渉は11月24日、合意に達し、12月上旬に新首相にSPDのオーラフ・ショルツ氏(63)が選出され、新政権が発足する。新外相には緑の党の女性共同党首、アンナレーナ・ベアボック氏(40)が就任する見通しだ。
新政権の政策がこれまでのメルケル政権とはどう変わるか。財政、環境、エネルギー、福祉、移民・難民の受け入れなど様々な分野について見る必要があるが、ここでは外交政策、とりわけ対アジア外交がどうなるかに絞って考えたい。
リベラルな国際秩序を志向
合意した連立協定は177ページのかなり分厚いもので、外交政策は主に「ヨーロッパと世界に対するドイツの責任」の章で15ページにわたり提示されている。
総論として冒頭に述べられるのが、「価値に基礎を置く」「ヨーロッパ的」という二つの外交の柱である。価値とは自由、平和、人権などであり、その後に利益に言及されている。
そして、世界の多国間協力を目的としたヨーロッパの戦略的主権を高める必要性が述べられ、民主的な価値を共有する国々との結びつきを高め、権威主義的国家との体制上の競争が重要になると続く。
北大西洋条約機構(NATO)に言及されるのはその次だが、NATOはドイツの安全にとって不可欠の部分とされる。最後に軍縮、軍備管理、国連の強化、気候外交の推進などが挙げられている。
NATOの重要性に言及しているものの、対米関係よりヨーロッパ自立や多国間主義、利益より価値、軍事能力向上より平和主義に力点が置かれている。こうした特徴はメルケル外交にも見られたが、新政権の外交はやはり左派主導らしく、いわゆる「リベラルな国際秩序」を実現しようとする意欲が、これまで以上に感じられる内容である。
対中警戒感を共有できるか
さて我々が最も気になる対アジア外交だが、この章の最後の「二国間、地域関係」の項目で扱っている。
2018年、メルケル第4次政権発足の際のキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)とSPDの間で結ばれた連立協定と比較すると、この約4年間のヨーロッパのアジア認識の変化がいかに大きかったかが分かる。
2018年協定にあった「中国の成長は大きなチャンス」とする見方は、今回は消えた。それに代わり、中国をパートナー、競争相手、体制上の抗争者の三つの側面で捉える視点を打ち出し、中国との協力は人権や国際法の基礎の上で進めるとした。
さらに、安倍晋三元首相が提唱し、西側諸国の概ね共通概念となった「自由で開かれたインド太平洋」の考え方を採用し、南、東シナ海の紛争を国際海洋法に基づき解決すること、そして、前回は全く言及がなかった台湾について、台湾海峡の現状変更は平和的にのみ行われるべきことや、台湾の国際機関への参加支持を明記した。
日本に関しては前回も「価値を同じくするパートナー」(Wertepartner)と位置づけられていたが、今回はさらに、定期的な「政府間協議」を開始したい、と盛り込んだ。
これらの内容は総じて、2019年9月発表の欧州連合(EU)の対中戦略や、2020年9月に閣議決定されたメルケル政権の「インド太平洋指針」を反映しており、日本としてもドイツが中国に十分な警戒感を持ちながらアジア外交を進めてくれることは歓迎である。米国や安倍政権以来の日本の働きかけが実を結んだ部分もあるに違いない。
米中どちらにも距離置く外交
ただ、いくつか留保はつくと思う。ドイツの動向をよく注視した上で、協力関係を進めるべきではないか。
第1に、確かにベアボック外相を中心に、中国の人権問題に対して声高に問題視するケースは増えるだろう。しかし、一方でドイツと中国との間の経済関係はますます緊密化している現実がある。2016年から最大の貿易相手国は中国で、貿易額は対日本の5倍。フォルクスワーゲンなど自動車大手の乗用車販売の約4割が中国市場である。中国はドイツ経済にとって、もはや死活的な重要性を持っており、サプライチェーンの強靱化が叫ばれるものの、中国依存度が当面下がることは考えられない。
新政権の対中外交はメルケル政権と同様、首相府主導で行われ、人権問題への指摘もドイツの経済的利益を損なわない範囲で進むだろう。ベアボック外相が人権問題で切り込み、ショルツ首相が落としどころを探るといった一種の役割分担が行われるのかも知れない。
第2にメルケル政権から特に顕著になったドイツ外交の特徴として、軍事力を外交の不可欠な要素とする考え方を極力避ける傾向がある。強調されるのは多国間主義、対話による解決、米中のどちらの覇権にも距離を置く外交である。中国への警戒感は増しているが、こうしたドイツ外交の基本姿勢から、軍事的に中国の拡張を抑止する発想は生まれない。
11月にドイツ海軍のフリゲート艦「バイエルン」が東京湾に寄港し、ドイツが中国の海洋進出に対抗する日米英などの包囲網に加わった、といった評価もあった。しかし、バイエルンは海上自衛隊などと共同訓練を行ったものの、あくまで派遣の主目的は遠洋航海訓練であり、過大評価は禁物である。
軍艦派遣では中国に気遣い
寄港中の11月9日、日本記者クラブで、カイ・アヒム・シェーンバッハ海軍総監(56)らによる記者会見が行われた。私は、派遣には中国を抑止する目的があるかどうか質問したのだが、総監は、「我が国も、法に基づく国際秩序、航行の自由を標榜していることを世界に対して示さねばならない。派遣は特定の国に向けたものではない」と述べるにとどまった。
以前も2021年6月18日付の本欄で触れたが、ドイツは中国に対し、バイエルンを上海に寄港させたいとも打診していた(中国側が拒否)。平和的主義志向を強く持つSPDのロルフ・ミュツェニヒ下院議員団長(62)の意向を受けたものだったと報じられている。
また、国連安保理決議に基づく北朝鮮による「瀬取り」の監視活動に参加したことも、やや穿った見方かも知れないが、派遣目的を中国への牽制と取られることを避ける意図があったのかも知れない。寄港地を横須賀や佐世保ではなく、東京港(東京国際クルーズターミナル)としたのも、軍事的な色彩を薄めたい意向だったという見方もある。
今年9月、横須賀に寄港した英国の空母「クイーン・エリザベス」を中心とした空母打撃群が、日米艦艇と相互運用性を高める、明らかに中国抑止を想定した共同訓練を行ったのとは対照的である。フランスも今年5月、日本で自衛隊などと離島奪還を想定した訓練を行った。英仏の軍派遣とドイツのそれを同列に見ることはできないだろう。
シェーンバッハ総監は来年、空軍がオーストラリアに飛行訓練に訪れる予定であること(ドイツ軍筋によると、その際、日本への飛来も予定しているという)、向こう2、3年内には軍艦を再びインド太平洋に派遣する意向を示した。だが、軍の派遣を決定するのはあくまでもドイツ下院であり、総監の言葉通りに実現するかどうかは分からない。
むしろ、ドイツが軍事力による抑止の考えを原理的に否定し、多国間主義に基づく対話外交だけでアジア安保に関与するのであれば、日米同盟を始め米国を中心としたバイ(二国間)の軍事同盟(いわゆるハブ・アンド・スポークの構造)で維持されている東アジアの安定を損なうことにもなりかねない。
核軍縮に見られる平和主義
対中外交からは離れるが、連立協定では核軍縮を積極的に進め、核兵器の使用、開発、保有、実験などを包括的に禁止した核兵器禁止条約へのオブザーバー参加方針を打ち出した。ロシアや中国が同条約には参加していないことから、米国の核拡大抑止力(核の傘)が低下することを恐れる日本とともに、ドイツもメルケル政権は参加に慎重だった。
NATO加盟国ではノルウェーのみが同条約へのオブザーバー参加を表明している。もし主要国のドイツが参加に踏み切れば、オランダ、ベルギー、イタリアなども右ならえしかねず、対ロシアで米国の核抑止力維持を望む東欧諸国との溝が深まるだろう。NATOの分裂につながりかねないとして欧米の安全保障関係者からは懸念する声が強い。
核軍縮に関しては、SPD、緑の党だけでなくFDPも熱心であり、この点で政権内は一致している。FDPの軍縮志向は冷戦時代、東西陣営間の関係改善に尽力したハンス・ディートリヒ・ゲンシャー外相(1927~2016)にまで遡る。
2009年の総選挙で発足した第2次メルケル政権は、CDU・CSUとFDPの連立だったが、FDPのギド・ヴェスターヴェレ外相(1961~2016)も、当時ドイツなどNATO加盟の5カ国に150~240発配備されていると見られていた米戦術核の撤去を政策として掲げ、米国との交渉を進めようとした。ただ、このときもロシアの脅威を切迫したものに感じている東欧諸国は反発し、NATOの方針とはならなかった。
今回の連立協定では、戦術核撤去は打ち出していない。ただ、9月選挙で議席増となったSPDの新人議員の多くが左派の若手で、SPDの党内世論は一層左傾化する可能性もある。緑の党は1980年代にヨーロッパ各国で盛り上がった反核運動の流れを汲む。新政権が強めるだろう平和主義的な傾向にも注意を払う必要がある。
関心の比重大きくないアジア
第3に、協定に盛られた「政府間協議」(Regierungskonsultation)は、双方の国の首相を始め全閣僚が出席して行う、ドイツの外交交渉の一つの形式で、中国を含めポーランドなど欧州諸国、イスラエル、インド、ブラジル、トルコなど10カ国程度との間ですでに設置されている。中国との協議では人権問題なども議題となっており、この協議の開催そのものがドイツと当該国との友好関係の深化を意味するわけではない。
もちろんお互いが忌憚なく指摘し合うことは望ましいが、日独政府間協議の場では、ドイツ側から、脱原発、脱炭素政策の推進、歴史認識問題で中韓への歩み寄り、EUをモデルに中国を含むアジアの多国間枠組みの創設、核兵器禁止条約への態度決定などを提起され、かえって日本の内政やアジア情勢に余計な混乱を招く懸念もある。
最後にやや蛇足めくが、連立協定の「二国間、地域関係」項目は、まず大西洋同盟と対米関係の重要性から始まり、英国、東欧諸国、ウクライナ、ベラルーシ、ロシア、トルコ、イスラエル、中東、アフガニスタン、アフリカと来て、ようやく中国、インド太平洋が述べられ、最後に南米、という順番である。アジアへの関心が高まっているとは言え、ドイツ外交全体にとっての優先順位がとびきり高いというわけではない。やはり、ドイツにとって米国、EU、近隣地域との関係調整が最重要なのであって、地理的に遠く離れたアジアのことは、それなりの比重しかもっていない。そこは誤解してはならないと思う。