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2021.12.02 (木) 印刷する

全元大統領、逮捕直前の「声明」 西岡力(モラロジー道徳教育財団教授・国基研企画委員)

私は、全斗煥元大統領逝去にあたって文在寅政権と韓国の与野党政治家、マスコミの報じ方に強い違和感を感じ、本サイトの「直言」欄に11月29日付で「全斗煥元大統領逝去に思う」というネットコラムを書いた。

そこで触れた韓国の法治主義の崩壊は、1995年12月の遡及立法による無理筋の全斗煥逮捕に始まっている。あのとき、時の金泳三大統領は政権後期で、落下する支持率を挽回するため、すでに司法でも政治的にも処理が終わっていたにもかかわらず、全斗煥政権発足時の事件を内乱だと決めつけ、全斗煥、盧泰愚の2人の前職大統領を超法規的なリンチのような形で逮捕した。

そのとき、全元大統領は、理路整然、かつ歴史意識と愛国心にあふれる対国民声明を出した。発表場所がなくて元大統領自宅前の路地で立って読み上げたので、当時「全斗煥のコルモク(路地)声明」と呼ばれた。

逮捕劇の裏に「反韓史観」

その声明の中に、特に注目すべき次のような1節があった。

「初代李承晩大統領から現政権まで、大韓民国の正統性を否定して打倒と清算の対象と規定したのは左派運動圏の一貫した主張であり運動方向です。

しかし、現政権は過去の清算を無理に打ち出して、李承晩政権を親日政権に、第3共和国、第5共和国、第6共和国(1987年憲法体制。盧泰愚、金泳三、そしてこの声明の後の金大中、盧武鉉、李明博、朴槿恵、文在寅政権もすべて第6共和国。訳注、以下カッコ内同)は内乱による犯罪集団と規定し、過去の全ての政権の正統性を否定しています。

現政権の理念的透明性を心配する国民の憂慮を払拭するためにも、金大統領はこの機に自分の歴史観を明らかにするように期待します」

私は声明を読み、金泳三政権の法治主義に反する前任大統領逮捕劇の裏に1980年代に急速に韓国社会に浸透した「反韓史観」があることを確認したことをよく覚えている。私は96年1月に「全斗煥、盧泰愚逮捕をどう見るか」という論文を月刊誌に書いて、その危険性を指摘した。同論文は拙著『コリア・タブーを解く』(1997年)に収録されている。拙著では全斗煥声明を全文訳して資料として収録した。

文在寅大統領は2017年5月、大統領選挙に当選した直後に支持者らを前にして、自分の政権を「第3期民主政府」と述べた。つまり、金大中、盧武鉉政権以外の韓国の政権は、すべて非民主的だと切り捨てたのだ。これこそが「反韓史観」そのものだ。

その意味で全斗煥元大統領逝去の時点で、1995年に全元大統領が出した声明を今読むことには意味がある。当時の拙訳を一部補正して以下に全文を掲載する。

全斗煥元大統領逮捕直前の「国民に対する声明」全文(1995年12月2日)

私は今日この国が今どこに行っており、また、どこに行こうとしているかについて信頼を喪失したまま、深く悲痛な心でこの場に立ちました。国民の皆さんも記憶しておられるでしょうが、6年前の1989年12月15日、当時の盧泰愚大統領と金泳三、金大中、金鐘泌、3野党総裁の領袖会談の決定にしたがい、私はいわゆる第5共和国(1981年に制定された憲法下の共和国。全斗煥政権時代を意味する)清算政局の政治的終結のため、その年の12月31日、国会の証言台に立ち過去問題の決着をつけました。

しかし、このようにすでに政治的に完全に終結していた事案が、最近再び提起され、国全体が極度の混乱と不安に陥っています。

再び問題提起されている一連の事件に対する個別的な是非については、今後、様々なルートを通じてお話しする機会があると考えて、今日この場では具体的には言及しません。ただ継続して繰り返されるに違いない社会的混乱と不安に直面して、いくつか申し上げ、これに対して現在の国政に責任を負っている金泳三大統領の明快な説明があることを願います。

11月24日、金泳三大統領は、この地に正義と真実と法が生きていることを国民に示すために、5・18特別法を制定し、私を含む関連者たちを内乱の首謀者として法処理すると述べました。

我々皆がよく記憶しているとおり、現在の金泳三政権は、第5共和国の執権与党であった民主正義党と、第3共和国(1962年憲法体制。朴正煕政権前期)の共和党を中心とした新民主共和党、そして野党の民主党、3党が過ぎ去った過去の歴史をすべて包容する趣旨から「救国の一念」とまで表現し、連合して成立したものです。

私は大韓民国の前任大統領の資格で金泳三大統領の就任式に参加して激励を惜しまず、金泳三大統領が私を訪問した時には助言もしたことが思い出されます。

しかし、就任して3年が経過した今、金泳三大統領は突然、私を内乱の首魁だとみなし、過去の歴史を全面否定しています。もし、私が国家憲政秩序を乱した犯罪者なら、このような内乱勢力と野合してきた金泳三大統領自身もこれに対する応分の責任を負わなければならないのが道理ではないでしょうか。

次に、現政権の統治理念に関連する問題です。初代李承晩大統領から現政権まで、大韓民国の正統性を否定して打倒と清算の対象と規定したのは、左派運動圏の一貫した主張であり運動方向です。

しかし、現政権は過去の清算を無理に打ち出して、李承晩政権を親日政権に、第3共和国、第5共和国、第6共和国は内乱による犯罪集団と規定し、過去の全ての政権の正統性を否定しています。

現政権の理念的透明性を心配する国民の憂慮を払拭するためにも、金泳三大統領はこの機に自分の歴史観を明らかにするように期待します。

次は、現在話題となっている検察の再捜査に関連する問題です。国民の皆様もよくご存知のように、私はすでに第13代国会の聴聞会と長期間の検察捜査過程を通じて、12・12(1979年12月12日に全斗煥将軍らが当時の戒厳司令官を逮捕した事件。「粛軍クーデター」と呼ばれる)、5・17(1980年5月17日、全斗煥将軍ら新軍部勢力が主導して戒厳令を全国に拡大し、学生のデモを押さえ、金大中ら野党政治家を逮捕した事件)、5・18(光州事件)などの事件と関連して、私ができうる最大限の答弁をしたところであり、検察もこれに基づいて適法手続きに従って捜査を終結したのであります。それにもかかわらず、現在の検察は、大統領の指示の一言で、すでに終結した事案に対する捜査を再開しようとしています。このような検察の態度は、これ以上の真相究明のためというよりは、多分に現政局の政治的必要によるものだと考えて、私は検察の召喚要求やその他のいかなる措置にも協力しない考えです。ただし、検察が私に対する司法処理をしようとするならば、すでに提出されている資料に基づいて進めて下さることを望みます。

大韓民国の法秩序を尊重するために、司法府が下す措置には、それがどのようなものであろうと私は受け入れ従うでしょう。

最後に、12・12を含むすべての事件に対する責任は第5共和国の責任を負っていた私にすべて負わせていただき、このことを契機にして他の人々に対する政治報復的行為がないことを希望いたします。
 
 

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