公益財団法人 国家基本問題研究所
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今週の直言

西岡力

【第858回】全斗煥元大統領逝去に思う

西岡力 / 2021.11.29 (月)


国基研企画委員兼研究員・麗澤大学客員教授 西岡力

 

 韓国の全斗煥元大統領が亡くなった。90歳だった。文在寅政権は、大統領経験者は国家葬の対象となるという法令上の規定を無視して、国家葬をせず、家族葬に対する国としての支援もしなかった。
 全氏は晩年、経済的困難を抱え、病院の治療費も友人らの支援を受けていたので、葬儀費用は全政権の元閣僚や秘書官らの会が負担したという。
 文大統領だけでなく大統領府関係者は誰も弔問しなかった。文氏は北朝鮮の金正日総書記が死去した際、弔問団を送るよう当時の政府に要求し、自身は丁寧な弔電を打った。
 全氏は4年前に出した回顧録で「北側の地を見渡せる前方の高地に白骨としてでも残りながら統一のその日を迎えたい」と書いていて、それが事実上の遺言だったが、火葬された遺骨は国立墓地や前方への埋葬が認められず、自宅にしばらく安置されるという。

 ●光州事件の真相
 文在寅政権と左派与党や左派メデイアはもちろん、野党や右派メデイアも全斗煥氏について、光州事件の被害者らに謝罪しなかったと責めている。しかし、光州事件の2~4年後に現地を6回調査した私からすると、謝罪要求自体が理にかなっていない。
 光州事件はおおむね次のようなものだった。全国で唯一、戒厳軍にデモ学生が投石するなどして暴力的に抵抗したので、投石を避ける盾や防護面を持たない軍がこん棒や銃剣で鎮圧した。その過程で数人のデモ学生が死亡した。「慶尚道の軍人が全羅道人を皆殺しに来た」「軍人が妊婦の腹を割いた」などという悪質な噂が拡散した。興奮したデモ隊がバスとトラックで戒厳軍に突っ込み、死者が出て、現場の判断で正当防衛的な発砲が行われた。それにより興奮した市民が武器庫を襲い、武装して戒厳軍と撃ち合い、軍は一時撤退したが、一部過激派が刑務所を襲った。数日後、興奮から冷めた大多数の市民らは武器を返したが、過激派は全羅南道庁に籠城を続け、戻ってきた戒厳軍に鎮圧された。デモ隊に163人、軍と警察に26人の死者が出た。

 ●野党大統領候補も弔問せず
 当時、全氏は保安司令官で、鎮圧の指揮を執った戒厳司令官は別の軍人だった。左派は全氏が発砲命令を下したとか、光州に入ったというデマを今も口にする。デモ隊がヘリコプターから銃撃されたという悪質なデマさえあり、繰り返し行われた政府調査でそれがなかったことは明らかになっていたが、あったことを事実上の前提に文大統領が再調査を命じた結果、国防省はヘリからの銃撃があったという報告書を出した。全氏はヘリからの銃撃を証言した神父を「破廉恥なうそつき」と回顧録に書いて刑事訴追され、認知症が進む中、光州の法廷に立たされた。司法の名を借りたいじめである。
 残念なのは、保守野党の大統領候補尹錫悦氏が、弔問に行くと一度言いながら、結局、勇気がなくて弔問しなかったことだ。尹氏が当選しても壊された法治主義は回復しないと私が判断する根拠が一つ増えた。(了)