公益財団法人 国家基本問題研究所
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今週の直言

有元隆志

【第1276回】戦後80年の「石破見解」に反対する

有元隆志 / 2025.08.04 (月)


国基研企画委員・産経新聞特別記者 有元隆志

 

 慰安婦問題に関する「河野談話」と同じようなことが繰り返されるのか。石破茂首相が戦後80年に際して発表しようとしている「石破見解」のことである。平成5(1993)年、慰安婦募集の強制性を認めた河野洋平官房長官(当時)の「河野談話」は宮沢喜一内閣の末期に出され、閣議決定はなかった。石破政権も末期状態にあり「石破見解」も閣議決定をする予定はない。

 ●期待できない「未来志向」の発想
 「河野談話」は長らく日本外交の足かせとなった。その見直し方針を掲げた安倍晋三元首相は談話作成過程の検証を行い、強制連行を認める唯一のよりどころとしていた元慰安婦16人の聞き取り調査ですら極めてずさんだったことを浮き彫りにした。それでも結局、「河野談話」を破棄することはできなかった。
 石破首相も「河野談話」と同様に、政権末期にもかかわらず、「石破見解」を出そうとしている。当初は有識者などから意見聴取をして閣議決定を伴う「石破談話」を出したい意向だったが、政権運営をめぐる混乱から、有識者会議を組織する時間的な余裕もなくなり、「談話」ではなく「見解」の方向となった。「石破見解」を出す場合、石破首相個人の歴史観を色濃く反映したものになろう。
 石破首相は安倍内閣の一員だったこともあり、「安倍談話を否定したり、何か付け加えたりするようなものではない」と長島昭久首相補佐官は自身のX(旧ツイッター)で理解を求める。戦後70年の「安倍談話」は過去に触れつつ「あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません」と、「未来志向」を謳ったものだった。
 対する石破首相はこれまで「わが国が敗戦後、戦争責任と正面から向き合ってこなかったことが多くの問題の根底にある」(令和元年8月23日付のブログ)などと、「戦争責任」に力点を置いた発信をしてきた。
 「あの戦争を総括しなければならない」と思い詰める石破首相から「安倍談話」のような未来志向の発想が出てくるとは思えない。
 
 ●中露の歴史観にお墨付き?
 加えて問題なのは、日本が降伏文書に調印した9月2日の「見解」発出を検討していることだ。8月15日の昭和天皇の「玉音放送」をもって終戦とする多くの日本人の受け止めとは異なる。
 8月15日以降、旧ソ連は多くの日本人を虐殺し、北方領土などを占領し、9月3日を「戦勝記念日」とした。その立場をロシアや中国は引き継いでいる。9月2日の「見解」発表はロシアや中国の立場にお墨付きを与える危険性がある。
 首相としての立場を利用した「石破見解」の発出には反対する。(了)