日米関税交渉は7月23日、合意に達した。最も関心を集めたのは、日本の主要産業である自動車とりわけ乗用車の対米輸出関税である。15%で合意されたが、4月3日から一方的に25%もの追加関税をかけられていたので、歓迎する向きもあるが、本来、日米貿易協定では、乗用車の関税率は2.5%であり、一挙に6倍の水準に引き上げられたことになる。
この合意には、日本側で5500億ドル(約80兆円)の対米民間投資の枠組み(米国の発表では、利益の9割は米側に帰属するという不公平なもの)を用意したことが大きく寄与したとされている。しかし、合意文書は存在せず、具体的なスキームは現在のところ不明であり、国家間の交渉としては極めて特異なものとなっている。
●WTO協定違反の高関税
米国は1930年代の大恐慌の際、スムート=ホーリー関税法による高関税で経済をブロック化し、それが第2次世界大戦の引き金となった反省に立ち、戦後は自由・無差別・多角的・互恵的な通商体制を基礎として米国の利益を追求してきた。それが、戦後のGATT(関税貿易一般協定)・WTO(世界貿易機構)体制にも合致していた。
ところが、経済のグローバル化が進展するにつれ、多国籍企業が米国の利益を奪い、また、海外の低賃金労働者との厳しい競争により、米国民の間での格差拡大が大きな問題となってきた。トランプ米大統領は強い製造業を国内に取り戻し、貿易黒字によって強い米国を再構築しようとしている。
WTOは自由で無差別の貿易を基本としている。特定の加盟国に与えられた貿易上の有利な待遇が全ての加盟国に適用される「最恵国待遇」や、加盟国が輸入品の品目ごとに関税の上限を約束する譲許税率の制度を原則とする。トランプ政権は今回の高関税政策に当たり、相手国の非関税障壁などを国別に判断しているので、当然、適用税率は国ごとに異なり、最恵国待遇のルールに違反している。同時に、米国の乗用車の譲許税率は2.5%なので、トランプ関税は譲許税率を遙かに超えている。
●提訴しなかった日本
米国は、WTO原則の例外措置の根拠として、国家安全保障上の理由を挙げているが、到底、説得力を持ち得ない。WTOの機能不全が言われているものの、何が世界のルールなのかに関する再認識を促すためにも、我が国も欧州連合(EU)やカナダのように、WTOへの提訴を真剣に検討すべきであった。
もちろん、覇権国である米国を相手とするWTO提訴は実効性に乏しく、並行して米国の高関税を緩和するためのディール(取引)を行うことはやむを得ない。しかし、覇権国も経済の論理から逃れられず、ディールで貿易収支をバランスさせることはできない。WTOルールは、可能な限り関税などによる価格の歪みを取り除く試みなのである。(了)