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2021.12.27 (月) 印刷する

習近平の「共同富裕」がもたらすジレンマ 阿古智子(東京大学大学院教授)

習近平政権は貧富の格差を縮小し、社会全体が豊かになることを目指すという「共同富裕」の実現を重点目標として打ち出している。その目標達成の一環であるのか、最近中国では、IT企業や学習塾への締め付け、芸能人の摘発など富裕層を狙ったとみられる動きが目立っている。そもそも「共同富裕」とはどういった考えなのか。

既得権益層抑えつつ再分配

中国は「社会主義」を堅持してきた。しかし、江沢民の時代に導入した「三つの代表」の考え方によって、民間企業家も共産党員の資格が得られるようになり、現在では、労働者階級の敵であったはずの資本家が社会の中心的な役割を果たしている。「三つの代表」とは、中国共産党は①先進的な社会生産力の発展の要求②先進的文化の前進の方向③最も広範な人民の根本的利益―を代表するという考え方である。

そもそも「社会主義市場経済」(中国の特色ある社会主義)も、計画経済であるはずの社会主義に市場経済を導入するという矛盾を孕んでおり、本来の社会主義からあまりにも大きくずれている。こうした中で広がる一方の貧富の格差を縮めるために「共同富裕」の考え方が打ち出された。

富の分配の方法はさまざまだが、経済学者の厲以寧が1990年代に提唱した考え方によると、市場経済の中で分配を行う「第一次分配」、税金や社会福祉を通じて分配する「第二次分配」に加えて、利益を出している個人や企業が道徳的な考えに基づき自発的に所得の一部を寄付するのが「第三次分配」だ。

中国では元々、内陸部の貧困地域と沿岸部の発展した地域とでパートナーシップを結んで行う支援活動「対口支援」が盛んだ。私が農村で調査をする際にも、沿海部の企業や自治体の援助によって学校や病院が建てられていた。被災地への募金活動などもこうした枠組みで行なっているが、半ば強制的な動員と言えるような活動が少なくない。

鄧小平も「改革開放」で提起

「共同富裕」は習近平が初めて提起したわけではなく、古くは鄧小平が改革開放の未来図として「先に発展した地域が遅れた地域を引き上げ、最終的に共同富裕に到達する」と述べている。今、この言葉を改めて持ち出すのは、あまりにも格差が広がり人々の不満がたまっているからだろう。習近平が来年の党大会で、異例の3期目を見据えていることも影響していると考えられる。

中国政治は、共産党幹部など特定の人たちに権力が集中し、不透明なお金が集まりやすい構造になっている。政権を選挙で代えることができず、人々の不満が高まれば、体制を安定的に保てなくなる。なるべく既得権益層の反感を買うことなく、それ以外の層の支持も得たいと目論んでいるのだろう。

実際、ネット通販大手のアリババ集団やIT企業のテンセントなどの大企業が次々に巨額の寄付を表明している。民間企業は国の介入によって自分たちの経済的な基盤が崩されてしまうことを懸念しているからだ。最近、中国当局は社会的に影響力のある芸能人やインターネットでよく知られている「インフルエンサー」などへの摘発も強化している。

浙江省の税務当局は12月20日、インターネットの生中継で商品を販売するサイト「ライブコマース」などを行い、フォロワー数は9000万人に上るとされる黄薇を脱税で摘発したと発表した。

黄薇は一昨年から去年にかけて、うその申告で所得を隠すなどし、約6億4300万元(約110億円)を脱税したという。税務当局は黄薇に対し、約13億4100万元(約240億円)の追徴課税と罰金の支払いを命じた。

制度改革の欠如と大衆迎合

「共同富裕」は格差に不満を持つ庶民には受け入れやすいのだろう。かつての習近平のライバルで重慶市の書記だった薄熙来は、「紅歌」と呼ばれる革命歌を市民に歌わせるなど、毛沢東の文化大革命を彷彿とさせる政策で人心をつかもうとし、都市に出稼ぎにきた農民工に戸籍を与えるなど、社会格差の是正を打ち出した。薄熙来が腐敗問題で失脚したあと、習近平はトップまで上り詰め、薄熙来が行なったような大衆迎合的な政策を打ち出している。

習近平は「習近平思想」を教育現場で広めることにも力を入れている。しかし、中国は毛沢東亡き後、個人崇拝によって国民同士が攻撃しあった文化大革命の反省に立ち、指導者の名前を付けて思想を広めてこなかった。ただ、インターネットが主流になっている今、監視や検閲が強化されていても、旧来の動員の手法で国をまとめていくことは難しい。

中国は世界二位の経済大国になったものの、社会の階層間の格差は大きい。政府が「脱貧困」を達成したと盛んにアピールしているのも、目玉になるプロジェクトを宣伝に使っている面があり、貧しい人たちの問題が解決したわけではない。汚職摘発もアピールしてきたが、これも貧困対策と同様で、狙いを定めたところで取り締まりを行い、アピールするという側面が強い。

特権を持つ人たちを適切に監視するためには、広く国民に情報公開し、問題の通報を受け入れる制度が必要だ。しかし、中国の場合、共産党の政権維持は絶対不可侵であり、腐敗を浄化するための制度自体が重大な欠陥を抱えている。

一党独裁下では解決策にならず

2000年代、民間のNGOやジャーナリスト、弁護士、学者がそれぞれの専門分野で公共の問題を議論し、国民もソーシャルメディアで参加する流れが広まった。しかし、こうした社会問題の解決に向けた動きも、中国の一党独裁の下では体制を揺るがすものと見なされてしまう。結局は社会の問題を解決できないというジレンマを生んでいる。

抜本的に制度を変えることが難しいため、小手先で問題解決を図るしかない。さらに、実質的な成果が上がっていないにも関わらず、プロパガンダを強化し、政府の業績を讃えることに力を入れている。富の分配を進めるのであれば、固定資産税や相続税の導入、所得税の税率の見直し、社会保障の地域格差の是正など、本来は第三次分配ではなく、第一次分配、第二次分配における制度改革を行うべきであろう。