米連邦準備制度理事会(FRB)のパウエル議長が政策金利の引き上げに動いている。基軸通貨ドルの金利上昇は、ドル金融に依存する世界を揺さぶる。米国との緊張関係にある中国とロシアはその代表格だ。中国はドル本位の通貨制度の脆弱さを衝かれ、産油国ロシアはドル建ての国際原油相場に翻弄されるのだ。
悪夢だった2015年の引き締め
中国の習近平共産党総書記・国家主席にとって、米金利の引き上げは「悪夢」のようなものである。
FRBは2008年9月のリーマンショック後、超低金利政策をとっていたが、15年12月に引き締め策に転じ、政策金利を0.125%から一挙に0.375%に引き上げ、さらに追加利上げを行う構えをみせた。当時、中国経済は景気減速のために金融機関の不良債権が急増していた。資本逃避が急増し、外国為替市場には人民元売り圧力が高まっていた。通貨当局は人民元暴落を避けるために、虎の子の外貨準備を取り崩さざるを得ず、14年9月には4兆ドル近くあった外準は15年12月には6600億ドル余りも減っていた。
習政権は苦し紛れに15年8月、人民元の対ドル基準レートの切り下げに踏み切って、輸出競争力の強化を狙ったが、これも資本逃避を加速させただけだった。そこに米利上げの追い討ちがかかった。
当時のワシントンは対中融和の民主党オバマ政権である。中国人民銀行のトップなどから中国の窮状を訴えられたFRBのJ・イエレン議長(現在は米財務長官)は、リーマン後の世界景気の牽引車とみられていた中国の金融危機が国際金融市場に波及しかねないと恐れたようだ。そこで2度目の利上げを16年12月まで先送りした。
その間に習政権は人民元安に歯止めをかけると同時に、資本逃避取り締まりを強化した結果、中国は金融危機から脱した。米国の対中金融協調が習政権を救ったとも言える。
人民元を信用しない中国人
そして、現在、中国景気は住宅バブル崩壊に伴う減速傾向が著しい。中国の国内総生産(GDP)の約5割は住宅開発投資を中心とする固定資産投資で、住宅投資に代わる経済の牽引車は見当たらない。その中での米利上げは中国からの資本逃避を促す。
中国の金融システムは、ドルを主体とする外貨準備資産に応じて人民元を発行する。ドル金利よりも人民元の金利を高くして、外貨の流入を誘い、国内からの資金流出を避けようとする。しかし、住宅投資の落ち込みに伴って景気情勢が悪化する中では、中国人民銀行は低金利政策を継続するしかない。となると、2016年初頭と同じく、中国国内資金は金利の高いドルへと引き寄せられ、資本逃避が激しくなる。人民元の暴落を防ぐために、外貨準備を取り崩して人民元を買い支えるしかなくなる。
資本逃避とは中国当局が把握できない資本流出のことで、中国の宿痾とも言える。中国は国民の年間5万ドル以上の海外への持ち出しを禁止し、外資系企業の利益対外送金を規制するなど、厳しい資本流出規制をかけている。だが、中国の党幹部と一族郎党などの既得権益層は香港経由などあらゆる手を使って巨額の資産を海外に移転させている。
中国の人々は所得階層を問わず、紙切れの人民元を信用せず、ドルや金に換えようとする。中国人民銀行の人民元発行総量の約7割に相当する外貨資産を保有し、その比率が下がらないように流入する外貨を手元に集中させている。
習政権が香港の民主勢力を一掃し、国際公約の「高度な自治」を反古にして、厳重な支配下に置いたのも、資本逃避の抜け穴封じと同時に、香港金融市場からの外貨取り入れを拡大させるためである。香港に国家安全維持法を適用するのと並行して、香港市場に中国の新興企業を新規上場させ、国際金融資本や投資ファンドの投資を呼び込んでいる。
気懸りはバイデン政権の軟弱さ
それにもかかわらず、不動産市況の悪化もあって、中国本土からの資本逃避は2020年後半から再び増加し、昨年後半では年間2000億ドル規模に達した。
習政権は資本逃避に伴う外準減を穴埋めするために、2020年から米大手証券資本の100%出資での上海進出を認め、海外からの証券投資を活発化させている。さらFRBが2020年に政策金利を引き下げたことが追い風となって、外準も増加しつつあった。一転してドル金利が上昇すると、資本逃避と海外投資家の中国市場からの引き揚げを促しかねない。
習近平共産党総書記・国家主席は今秋の党大会で党トップの座を無期限化させようと狙っているが、ドル依存ゆえに避けられない金融危機のリスクは、その野望に立ちはだかるだろう。
ただし、留意すべきは、バイデン米政権の出方だ。バイデン氏はオバマ政権当時の副大統領だった。習政権の香港弾圧に対抗してトランプ前政権が整備した対中金融制裁関連法をバイデン政権は適用しなかった。そのことからみても、バイデン政権の軟弱さは気になるところだろう。それにFRBのパウエル議長とのコンビを組むイエレン財務長官は前述の通り、米金融資本が采配を振るうグローバル金融市場への影響を重視し、対中金融協調に傾きがちなのだ。
投機の流れ支配するドル金利
ロシアはどうか。米利上げと言えば、プーチン大統領にも旧ソ連時代の悪夢があるはずだ。1980年代前半、ドルの高金利が原油相場を低水準に保ったために、エネルギー輸出に頼る旧ソ連は財政難に陥った結果、改革路線に踏み切らざるをえなくなって、最終的には体制崩壊に至った。当時と同様、現在のロシアもエネルギー依存の経済構造である。
ロシアの石油、天然ガスの輸出価格は石油のドル建て国際相場に左右される。国際石油取引は投機に支配され、相場は足下の需給関係よりも、先行きの見通しによって決まる。唯一、確かな市場法則は、ドル金利が投機の流れをコントロールすることだ。ドルの低金利は投機資金の調達コストを安くするので、原油相場を押し上げ、利上げは相場上昇を抑制する。
そんな情勢のもとで、ロシア軍がウクライナを包囲し緊張が高まっている。バイデン政権は金融制裁の適用準備を進めている。
これに対し、プーチン政権は脱ドル依存策を講じてきた。米国債保有は2010年10月の1763億ドルをピークに減らし、21年11月には24億ドルまで落とした。しかも外貨準備資産はドルを人民元に置き換えている。ロシアの対外投資ファンドである国民福祉基金の通貨別資産構成は、21年1月でドル建てが512億ドルだったが、7月にはゼロとした。6月以降は人民元建てが350億ドルの水準を保っている。
ロシアの銀行をドルの国際決済網から排除しても、ロシアは石油・天然ガスの取引通貨を全面的にユーロ建て、円建て、あるいは人民元建てなどドル以外の通貨建てに転換すれば打撃を軽くできる。ただし、中国は別として、欧州や日本の金融機関が決済に応じれば、の話だ。
米国は対イラン制裁で、イラン原油の輸入に協力する国の銀行にはドル取引を禁じる強硬手段をとってきた。欧州や日本も対イラン制裁で米国に従うしかなくなった。
ドルは覇権国米国の強力な武器である現実に変わりはない。ただ、対中政策と同様、バイデン政権にどこまでその威力を発揮させる決意があるかだが、今の時点では定かではない。