公益財団法人 国家基本問題研究所
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国基研ろんだん

2022.02.10 (木) 印刷する

米欧間に強まる遠心力 佐藤伸行(追手門学院大学教授)

現在進行形のウクライナ危機は、米欧間に働く遠心力を改めて印象付けている。ロシアがウクライナに侵攻するのか否か、侵攻するとすればどのような形をとるのかはなお予断を許さないが、現時点ではっきりしたのは、欧州に対する米国の勢威が明らかに衰えているという現実であろう。

米欧間の溝は、伝統的な欧州同盟国を軽視したトランプ政権によってもたらされたと思いがちだが、「アメリカ・イズ・バック」と宣言したバイデン政権の下でも、米欧間に生じた溝は埋まるどころか、さらに深まりつつある。ロシアのプーチン大統領が仕掛けた米欧の離間策は狙い通りの効果をもたらしており、また中国がこの状況をほくそ笑んで眺めていることも忘れてはならない。

綻びはトランプ以前から

ウクライナ情勢を背景に、再び「ドイツ問題」が浮上している。欧州連合(EU)最大の経済大国として「EUの盟主」などと持ち上げられるドイツだが、「危機に対して国力に見合った責務を果たそうとしない」との不満はくすぶり続ける。ウクライナへの軍事的支援としては、5000個のヘルメットを送っただけで、「悪い冗談か」とかえって相手を怒らせてもいる。

ドイツ側は、逆に緊張を激化させる懸念ありとして武器供与を控える方針だが、紛争地域に武器を輸出しない原則はショルツ新政権の3党連立合意で確認されており、その取り決めを反故にしてまでウクライナを軍事的に支援するつもりはないということだ。もっとも、ドイツは今後数年間、ウクライナに数十億ユーロ規模の経済支援を行う方針といい、30年ほど前の湾岸危機に際しての「小切手外交」を彷彿とさせている。

思えばドイツは、湾岸危機当時のコール政権が受けた批判への反省から、安全保障面での人的貢献を拡大してきた。旧ユーゴスラビア紛争では、国連制裁の監視活動参加を手始めに、北大西洋条約機構(NATO)軍の一員として空爆作戦にも加わり、さらにアフガニスタンにも派兵した。その他、ドイツ軍の派兵活動は枚挙にいとまがないが、それはつまるところ、米国の風圧が強く働いていたからだった。

その後、イラク戦争に際して、当時のシュレーダー政権はフランス、ロシアとともに開戦に反対し、ブッシュ(子)政権を激怒させた。今から振り返れば、それは米欧関係の重要な転機だったかもしれない。オバマ政権時代に米欧関係は良好を保ったかに見えたものの、イラク戦争以降の20年間の趨勢を見ると、米欧の紐帯は綻び続けている。何もトランプ前大統領が一人で破壊したわけではない。

衰えた米国の威信

2月7日、シュレーダー元首相と同じ社会民主党(SPD)所属のショルツ首相が就任後初めて米国を訪問し、バイデン大統領と会談したが、その直後の共同記者会見は異様だった。

プーチン氏を牽制するため、米独間の結束を誇示するバイデン氏は、ロシア産天然ガスをドイツに直接送出するパイプライン「ノルドストリーム2」を停止すると警告したのに対し、ショルツ首相は米国と足並みを揃えてロシアに制裁を加えると述べながらも、パイプラインの固有名詞はついぞ口にしなかった。

ノルドストリーム2について、米独間でかなりの見解の違いがあることをうかがわせるが、米国の大統領に対し、ドイツの首相がここまでなびかない姿も珍しい。まして相手は、欧州同盟国の重視を掲げてホワイトハウスに乗り込んできた大統領である。ドイツ外交を規定していた米国の威信にかつての強さはない。

一方、フランスのマクロン大統領はこの日、プーチン大統領と会談し、ソ連崩壊後の欧州安全保障に関する構想を説明した。その内容は伏せられているが、マクロン氏が去る1月に欧州議会で行った演説から、おおまかな方向性は推し量れる。

その演説の中で、マクロン氏は「欧州人は欧州に新たな安全保障・安定秩序を構築するための構想を策定しなければならない」と訴え、そのために「まず欧州内部で議論し、次いでNATO内で話し合い、それからこうした議論をロシアとの率直な協議の土台に活用する」と説明した。

欧州安保に関するマクロン構想にはロシアという太い筋が一本入っており、30年前に米欧とロシアが当時の全欧安保協力会議(CSCE)を舞台にまとめたヘルシンキ宣言を原則にしようと呼びかけている。ゴルバチョフ旧ソ連大統領のひそみに倣えば、ロシアを一方の支柱とする「欧州共通の家」構想の再来ともいうべきであろうか。マクロン氏は、それを欧州主導で形作ろうというのだ。当然、欧州の戦略的自律の追求は米国の懸念と反発を買う。

しこり残したAUKUS

マクロン大統領のことであるから、プーチン大統領が一定の関心を示したとされるその腹案を事前にドイツなどEU内部で調整したとは考えにくいものの、フランスがロシアに微笑を投げかける理由は十分にある。

その最たるものは、フランスに恥辱を与えたアングロサクソン軍事同盟ともいうべきAUKUSの結成である。

ショルツ首相がバイデン大統領に煮え切らない態度を見せたのは、マクロン構想への配慮も念頭にあったためとみられるが、ドイツはまた、AUKUSをめぐる問題でフランスに寄り添うと明言している。

フランスとロシアの距離感、フランスと米国の間のしこり、それらの狭間で曖昧戦略をとるドイツという図式は、ウクライナ情勢を占う上で複雑な変数になっている。