昨年末『2034米中戦争』(原題:A Novel of the Next World War)が出版された。著者は元米海兵隊特殊部隊員のエリオット・アッカーマンとタフツ大学フレッチャースクールの学長を2018年まで勤めたジェイムズ・スタヴリディス元海軍大将である。スタヴリディス氏は第二次大戦以降、米海軍で最も頭脳明晰で優れた戦略家と言われている。
互いを信用せぬ中露に同盟はなし
小説は、南シナ海での米中衝突を好機と見たロシアが、ポーランドに侵攻して併合、バレンツ海に敷設されている海中ケーブルを切断することにより米国に大停電を引き起こして米国民をパニックに陥れる。それを中国の仕業と誤解した米国が、中国南部の重要な港湾都市、湛江市を戦術核攻撃するというものである。
ロシアは、他にもホルムズ海峡の島を攻略して同海峡をコントロールしようとする。即ち、米中戦でロシアが漁夫の利を得ようとするシナリオである。
現在のウクライナ危機も、中国を最大の敵として兵力を東アジアに集中した米国の隙を突いて、ロシアが自国の版図を拡張しようと試みる動きで、第二次大戦終了後にロシアが日本の北方領土に侵攻して領土を拡大した行動同様、共に“火事場泥棒”的行動である。
火事場泥棒と言えば、中国も同じことを行った。1962年のキューバ危機で旧ソ連が四苦八苦している時、ソ連の友好国であったインドに武力侵攻した。逆にロシアも清朝の衰退期、沿海州を含む膨大な領土を中国から奪った。
両国ともその事実を決して忘れていない。多くの人は、最近の中露接近が同盟に発展するのではないかと懸念しているが、両国はお互いを信頼していないことから、その協力関係には限界があると筆者は推測している。
中国の戦略は『孫子』に根ざす
本作中、中国の戦略作成者が頻繁に孫子の兵法の一節を引用する場面が出てくる。本書第五章のタイトル「死地」は『孫子の兵法』九地篇第十一の「死地には則ち戦う」から採っている。また第四章には、同軍争篇第七の「知り難きことは陰の如く、動くことは雷の震うが如し」が出てくる。さらに『孫子の兵法』と銘打ってないが、他にも多く引用している。
ストーリーは、南シナ海で炎上する船籍不明のトロール船を、「航行の自由」作戦実施中の第七艦隊所属の駆逐艦3隻が救助する場面から始まっている。これは実は中国側の罠(餌)であったのだ。『孫子の兵法』には九変篇第八に「餌兵に食うこと勿れ」とある。
人民解放軍は、サイバー攻撃により米軍の視力と聴力を奪ってしまう。これは『孫子の兵法』虚実篇第六の「人を形にして我形なくんば則ち我専らにして敵わかる」の活用である。
筆者は、2017年にフレッチャースクールで「孫子を基盤とした中国の洋上ハイブリッド戦」と言う題目で講演したことがある。講演終了後、当時学長であったスタヴリディス元海軍大将と意見交換したことがあるが、印象的だったのは大将の次の言葉であった。
「自分は日本の靖国神社に参拝したことがある。遊就館に置ける2〜3の表示は議論の余地があるものの、全体の印象としては良好で、多くの米国人高官にも訪問してもらいたいと思っている」