武漢ウイルスのオミクロン変異株の拡がりは1日10万人を超える感染者数を記録するに至っているが、ようやくそのピークを迎えたようである。筆者は1月12日付の「ろんだん」において如何に人と人の接触を低減できるかが対策の主眼であることに言及した。その後、1月21日に厚生労働省のアドバイザリーボードは、「オミクロン株の特徴を踏まえた効果的な対策」を発表し、感染リスクの高い場面と場所に焦点を絞った“人数制限”が接触機会の確実な低減に効果的であることを示した。妥当な提言であったと思われる。
ただし、このまま慎重な態度と政策をとり続けるだけでは、わが国の経済再生は、既にマスク着用すら放棄して政策転換している欧米諸国より、大きく遅れてしまうばかりである。前述の提言では、オミクロン株は、デルタ株をはじめとしたこれまでの新型コロナウイルス感染症とは異なる感染症と考えるべきだと指摘している。
政府の分科会でもようやく第6波の出口戦略を議論するとの報道があったが(2月11日付産経新聞)、これを契機に政府はゲームチェンジ、具体的には、感染症法上の位置付けを現在の「2類相当」からインフルエンザ並みの「5類」に下げるべきか否かの論議を含めたコロナ禍全体の「出口」議論を始めるべきであることを今一度記しておきたい。
非常時向けの医療界統合を
さてこの1~2週間、岸田政権に対しては3回目のワクチン接種の遅れが指摘されているが、ここでは眼前の課題ではなくこの2年間のコロナ対策に係る問題の根源がどこにあったのかについて考察したい。
まず、この2年間の政府のコロナ対策は、眼前の事象の対応に追われるばかりで全体を俯瞰する視点が欠けている。武漢ウイルスとの戦いを軍事に例えるならば、“current operation(当面の作戦)”と“future operation(将来を見据えた作戦)”を同時並行に実施することが必要である。しかしながら、政府からは、局所戦略は示されても全体戦略が提示されたことは一度もない。
岸田総理は―おそらくこの“future operation”を行うことを想定していると期待するが―6月を目途に司令塔機能を作ると明言しており、斯くなる上は将来を見据え、前回の「ろんだん」でも筆者が述べた危機管理の要諦を踏まえて、感染症対応に限らず国の危機管理体制を抜本的に見直し、下図の「incident command system」(現場指揮システム)に則った機能的、機動的な組織を築いてくれることを強く希望する。
コロナ禍では医療界全体が一つの方向を向くことができていない。これは医療界全体を束ねる組織体が存在しないことに起因している。開業医中心の医師会、公立私立の混在する病院群、国立私立で経営方針が異なる大学病院など、医療機関がモザイクのように存在しているわが国の医療態勢は、平時には問題なく機能していても、コロナ禍のような国民の健康危機時には制度的な欠陥を包含していることが明らかとなった。非常時にはこれら複雑な集合体を一つにまとめる組織体が必要であるが、日本医師会、四病院団体(日本病院会、全日本病院協会、日本医療法人協会、日本精神科病院協会)、全国医学部長病院長会議などの組織はどれも中心的な存在たり得ない。感染症の拡大や自然災害時にあって、国民の健康を守るために医師、歯科医師、看護師、薬剤師などすべての医療者が一つにまとまり、活動する体制を構築しなければならない。今こそ政府が主導して非常時の医療界統合を目指して欲しい。
日本人は同調圧力から脱却を
武漢ウイルスは日本人の身体に感染したが、同時に日本人の心に蔓延したのは「同調圧力」である。これが良い方向に作用するなら勤勉実直な日本国民は一斉に適切に感染対策を実施し、従来の公衆衛生意識の高さと相俟って理想的な結果を得るであろう。まさに「和を以て貴しと為す」である。
ところがコロナ禍ではその一面を見ることができた一方で、過剰な感染に対する恐怖が「マスクを外すことは許さない」とか、「コロナでは誰一人死んではならない」といった“空気”を作り出した。そして、我々はいつの間にか身動きが取れなくなり、結果的に「出口」の議論を始めることができなくなってしまったのではないか。コロナ前の生活に戻れるかどうかは、日本国民全体がこの“空気”を払拭できるかどうかにかかっていると思量する。
斯くして、政府内の全体を俯瞰する危機管理能力の欠如、医療界を統合する組織の不在、国民の間の悪しき“空気”の三つによってコロナ対策は後手に回ってしまったのである。そしてこれらはすべて、為政者に決断する力、統べる力、伝える力があれば解決できるに違いない。