北大西洋条約機構(NATO)への加盟を控えてきた北欧フィンランドとスウェーデンが、ロシアの凶暴なウクライナ侵略を目の前に長年の政策を転換し、加盟を目指す見通しになった。この北方拡大によって、NATO圏は北西からもロシアのサンクトペテルブルクまで約150キロの距離に肉薄し、バルト海におけるロシア封じ込めの輪は縮まることになる。ロシアを強く刺激するリスクはあるものの、NATOの抑止力は強化されるわけで、北欧2国を歴史的決断に追い込んだロシアは、戦略的な大失策を演じたと言えよう。
危機感加速したウクライナ侵略
ロシアのウクライナ侵略は、フィンランドに「冬戦争」を想起させたはずだ。第二次世界大戦中の1939年、ソ連軍に侵略されたフィンランドは今のウクライナ軍同様、奇跡的ともいわれる善戦を演じたものの、英仏などからの支援はなく、単独での戦いを余儀なくされた。最近、ストゥブ元首相はフィンランドのNATO加盟について「冬戦争のようにフィンランド一国だけでロシアと戦いたくはない」と語り(独対外放送ドイッチェ・ウェレとのインタビュー)、慎重な対ロシア政策の放棄に至った安全保障認識の急転換を説明している。
フィンランドは、伝統的に中立政策を続けてきたと言われることもあるが、正確な表現ではない。1995年にスウェーデンとともに欧州連合(EU)に加盟しており、欧州共通外交・安全保障政策の下、中立政策の看板に事実上、幕を下ろしていたからだ。
ロシアのクリミア併合後、フィンランドはスウェーデンとともにNATOとの相互運用性の向上も進めてきた。米国との二国間協力も強化し、ウクライナ侵攻前にはF35の調達も決めていた。このように、過去二十年近く、フィンランドは主要な西側諸国との戦略的連携を図ってきたが、それでも、ロシアへの警戒心から、NATO加盟は「行き過ぎ」との意識が根強かった。だが今やそうした昔ながらの認識は消え去りつつあり、直近の世論調査では、国民の60%以上がNATO加盟を支持するまでになっている。調査によっては70%以上という結果もある。
中立政策は非現実的と悟る
フィンランドの軍事的特徴は、550万人の人口に比して大きな陸軍だ。徴兵制を保持しており、30日間で28万人を動員できる能力を持つ。予備兵力は90万人に上り、欧州の「大陸軍国」といっていい。
一方スウェーデンは、第二次世界大戦中、巧妙な中立政策を駆使し、戦火を免れた。戦後も重武装政策をとりながら、軍事的中立を続けたが、先に述べたようにEUに加盟し、NATOとも緊密な関係を構築してきた。
19世紀初頭のナポレオン戦争時代以降、スウェーデンは約二百年にわたって戦争に巻き込まれなかった。それは、軍事同盟の結成を拒む伝統に負うところが大きいと指摘されている。だが、核兵器で威嚇しながら侵略戦争に乗り出したロシアの姿を見れば、同盟に距離を置くことは、もはや現実的な選択肢ではないとスウェーデンは悟った。
フィンランドとともにスウェーデンがNATOに加盟すれば、バルト海はロシアを除いて、ぐるりとNATO諸国に取り囲まれる。とりわけスウェーデンは沿岸防衛と潜水艦戦力などの海軍兵力を重視しており、NATOのバルト海での作戦運用に貢献することになる。
近年、スウェーデンはバルト海におけるロシアの挑発に危機感を抱き、ロシアの軍事拠点カリーニングラードをにらむ戦略的要衝であるゴトランド島の防衛力強化を進めてきた。
特筆すべきは、いったんは停止していた徴兵制を2018年から復活させたことだ。冷戦終結後、兵力を大幅に削減していたが、それが間違いだったことにスウェーデンは早くから気が付いていた。
求められる手続きの加速化
NATOのストルテンベルグ事務総長はフィンランドとスウェーデンの加盟を歓迎すると表明した。ブリンケン米国務長官も「強力に支持する」と言明しており、両国は6月末のマドリードでのNATO首脳会議で加盟が招請される見通しだ。
懸念されるのは、加盟手続きが完了するまでの期間にロシアが軍事的な揺さぶりをかけてくることだろう。このため、NATOは平時のペースではない手続きの加速化が求められている。