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2022.05.10 (火) 印刷する

対露制裁で問われる日本の国家意思 田村秀男(国基研企画委員 産経新聞特別記者)

日本を含む先進7カ国(G7)の首脳は5月8日の共同声明でロシア産石油の段階的輸入禁止を打ち出し、岸田文雄首相は声明を受けて「原則禁輸」を表明した。日本は米欧に追随するいつものパターンのようだが、今後試されるのはいわば日本としての国家意思だ。横暴きわまりないロシア・プーチン政権を追いつめるためには、日本もまた共に「返り血」を浴びるという決意があればこそ、ロシアと同じ専制主義中国の脅威への対抗で欧米への説得力を持つだろう。

G7声明を受けた岸田首相の記者団への発言で気になったのは、ロシアでの資源開発事業サハリン1、2に関し権益を維持すると強調した点だ。サハリン1で日本は原油、2で天然ガスの権益を確保している。官民の資金が投入され、かつ、一定程度のエネルギー供給源を押さえること自体は肯定すべきだが、西側による対露制裁開始以降、岸田政権はサハリン問題に拘泥してきた感があり、ロシア側の反応を盛んに気にしてきた。だが、はるかに普遍的で重大な日本の懸案は、強権で核保有大国のロシア及び中国の膨張主義をどう押さえ込むか、である。

返り血にたじろがぬ欧州

欧州の場合、欧州連合(EU)と英国を合計したロシア産石油の輸入依存度は2021年で約3割に上る。日本のサハリン1などロシア産原油への輸入依存度は21年で3.6%に満たない。EUの禁輸案は年内実施となっているが、3割にも上る代替源を確保するのは日本よりもはるかにきついはずである。

しかも、ロシア側は報復手段として、ドイツなど欧州各国が石油よりもはるかにロシア産に依存する天然ガスの供給停止に踏み切る可能性は否定できない。もしそうなれば、欧州が受ける返り血はおびただしい。ロシアとの対立が長引き、冬場になれば天然ガス、石油の不足はドイツなど各国の国民の生命にも関わってくる。

それほどの危険があるにもかかわらず、対露石油禁輸に踏み切ろうとするのは、これまでに打ち出した対露制裁がプーチン氏を思いとどまらせるほどの抑止力を持っていないからだ。

ロシアは高騰するエネルギー価格の恩恵を受けて、石油、天然ガス輸出収入を大幅に増やしている。米欧日の金融制裁の柱の一つは、ロシアの外貨準備資産のうち西側中央銀行に保管されている外貨の凍結で、狙いは通貨ルーブルの急落だったが、ルーブル相場は制裁前の水準に回復している。主因は欧州向けエネルギー代金収入だ。

ロシアの銀行を国際決済ネット「SWIFT」から締め出す制裁措置も、ロシア最大の民間銀行であるズベルバンクと、天然ガス代金決済最大手のガスプロムバンクが除外されており、ロシアの外貨獲得ルートはほとんど痛まなかった。

岸田政権に覚悟はあるか

EUは石油禁輸と並んで両ロシア銀行大手へのSWIFT制裁も俎上に載せているが、石油禁輸だけとってみても、ロシア経済と財政に及ぼす影響は甚大になる。

ロシア中央銀行統計によれば、21年9月までの12カ月間のロシアの原油・石油製品輸出総額は1544億ドルで、このうち欧州・米国と日本向け合計が52%に達する。大半は欧州向けである。

ロシアの21年の年間国防支出は485億ドルである。欧州のアナリスト集団CIVITTAによればウクライナ侵略以来55日間でロシアの戦費は386億ドルに上ったという。欧米日が石油禁輸に踏み切れば、ロシアは750億ドル以上の外貨収入のルートを失う。

ロシアは中国やインドなどへの輸出増を試みるだろうが、各製油所が処理する原油の油種が限定されるため、おいそれとロシア産原油を受け入れるわけにはいかない。ロシアは膨大な外貨収入源を喪失することになる。これにSWIFTからのロシア銀行全面締め出しともなれば、ロシアは戦時財政、さらにルーブル相場や物価も大きく動揺することになる。

欧州自体はエネルギー安全保障上の巨大リスクを覚悟してまで、プーチン氏のウクライナ侵略の野望を潰そうと懸命なのだ。

仮に中国が台湾、あるいは沖縄県尖閣諸島への軍事侵略に打って出た場合、岸田政権はG7協調を頼みとするだろうが、欧米を引きつける鍵になるのは、返り血にたじろがないという国家としての決意である。産業界、消費者全体にその覚悟を求める重い政治責任を伴うだろう。
 
 

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