公益財団法人 国家基本問題研究所
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国基研ろんだん

2022.05.24 (火) 印刷する

米国の拡大抑止を信頼していいのか 太田文雄(元防衛庁情報本部長)

岸田文雄首相は23日、来日中のジョー・バイデン米大統領と首脳会談を行い、米国が核兵器と通常戦力で日本防衛に関与する「拡大抑止」の強化に向け、閣僚を含め緊密に協議することで一致した。だが首相は拡大抑止に関する信頼性について、さらに踏み込んで質すべきだったのではないか。

北朝鮮は、今回のバイデン大統領の日韓歴訪に際し、大陸間弾道弾(ICBM)の発射実験と核実験を行う可能性があった。日本政府高官は「これらは米国に向けた牽制メッセージ」と述べたというが、ICBM発射実験と核実験の目的は明確に異なる。

仮にICBMが発射されていれば、2017年に大気圏再突入に失敗して以来だったが、狙いはあくまで米国だ。しかし、核実験は、今年発射してきた戦術核ミサイルに搭載可能な核弾頭の小型化にあり、標的は明らかに日本や韓国である。

北の戦術核に米国はどう対抗

首相は、この具体的な問いを大統領にぶつけるべきであった。何故なら、日韓には陸上配備の戦術核はなく、航空機搭載の戦術核を常時日韓上空に飛ばすことも現実的ではないからだ。バイデン政権は、戦術核として使用可能な海上発射型の巡航ミサイル・トマホークの配備計画もキャンセルしている。

従って北朝鮮が我が国を戦術核で攻撃した場合、米国は戦略核で対応せざるを得ないが、すでにニューヨークやロサンゼルスを核攻撃できる能力を保有しているともみられる北朝鮮にそれは有効だろうか。

即ち、北の戦術核に対抗できる戦術核を米国が保有していなければ、信頼性のある拡大抑止を提供することはできないということである。〝米国が拡大抑止の強化を確認したので、日本は非核3原則維持のままで構わない〟というのでは、国民の生命財産を守る日本の最高指導者としては余りにも詰めが甘いと言わざるをえない。

米の弱み示すICBM実験延期

バイデン大統領は、ロシアのウクライナ侵略後、米軍が定期的に行なってきたICBMミニットマン3の発射実験を2回延期している。同じ民主党のオバマ大統領時代も2013年に北朝鮮が弾道ミサイルを発射した時、ミニットマン3の発射実験を延期している。

2017年に北がミサイル発射した際は、共和党のトランプ政権が逆に実験を増やしたのと好対照である。北やロシア、そして中国は、オバマ政権時代のこうした米国の動きを「弱腰」と捉える。

『核兵器のない世界へ』というタイトルの本を出版している岸田首相は、来年の先進7カ国首脳会議(G7サミット)を自身の選挙区である被爆地広島で開催すると表明した。その岸田氏は大統領に「ICBMの発射実験を延期しないで貰いたい」と言えるだろうか。しかし、それが言えないようなら、これもまた国民の生命財産を守る総理としては不適格と言わざるを得ない。