公益財団法人 国家基本問題研究所
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国基研ろんだん

2022.08.01 (月) 印刷する

欧州はどこまで耐えられるか 三好範英(ジャーナリスト)

パイプラインを通じて安価に供給されるロシア産天然ガスは、欧州経済を支えてきた。欧州全体のガス年間消費量は5000億立方メートル、そのうち2000億立方メートルはロシアからであり、ロシアとドイツを直接結ぶ「ノルトストリーム1」は600億立方メートルを供給してきた。欧州一の経済大国ドイツでは、ロシア産が輸入ガス量に占める割合は55.2%に達する。

そのノルトストリーム1の供給量が6月中旬から6割削減、7月11日から点検を理由にゼロとなった。21日に供給は再開されたが、8割削減されている。ウクライナ侵略に伴う対ロシア制裁への対抗措置として、ロシア政府が意図的に供給量を操作しているとの見方が強まっている。

かねてロシアがエネルギー資源を「武器」にして、欧州に揺さぶりをかけてくるだろうとの懸念はあったが、それが現実のものとなり、ドイツや欧州連合(EU)は対応に追われている。

ドイツへの揺さぶりは効かない

ノルトストリーム1で送られてくるガスの7割はドイツで消費される。ガスはドイツの住居暖房の48%を賄い、発電の11%を占める。ガス価格は5月時点ですでに前年同月比で約3倍にもなっているが、供給量が今のままでは備蓄率が下がり、価格高騰どころか、冬場に満足に暖房を使えない状況になるかもしれない。

ドイツのハーベック経済・気候保護相(緑の党)は7月22日、対策パッケージを発表した。対策の重点は企業、家庭に「節ガス」を求めるもので、廊下や玄関は暖房を使用しない、暖房の効率性を調べる検査を義務付ける、自宅勤務を拡大する、といった細かい措置が並ぶ。

どれほどの効果があるのか疑問だが、対策の中で実質的に意味があるのは褐炭発電所の再稼働だろう。ガス発電の5~10%を代替可能とされており、冬に向けてガス備蓄率の向上に貢献することは確実だ。

しかし、言うまでもなく、褐炭発電所の再稼働は温室効果ガスの排出量増大になる。脱炭素の先導者を自認し、2030年までの脱石炭を掲げているドイツの政策としては矛盾している。ただ、見方を変えれば、緑の党の看板政策である脱炭素を犠牲にしてまで、対ロシア制裁、ウクライナ支援の姿勢を貫こうとしているとも言える。

公共放送ARDが報じた7月19、20日実施の世論調査によると、「様々な不利益にもかかわらず、制裁を支持する」が58%、反対が33%となっている。今のところ、世論も政府の政策によくついて行っている。

ドイツは欧州の主要国としての責任を自覚し始めており、ロシアとの無原則な取引はしないし、できない。ウクライナへの重火器供与の遅れが批判されてきたが、ウクライナ兵への訓練も終わり、ドイツ製PzH2000自走りゅう弾砲18両や、自走対空砲ゲパルトが実戦に投入されつつある。ウクライナに供与するPzH100両を兵器メーカーに発注済みで、戦後もにらみ、ウクライナの安全保障に関与する姿勢も示している。

ドイツに関して言えば、エネルギーを武器にしたロシアの揺さぶりに耐え、ウクライナ軍事・外交支援を継続するだろう。

EUの結束は戦況次第か

EU加盟国間で姿勢に大きな違いがあることも事実だ。

EUのエネルギー相理事会が7月26日開かれ、ガス消費量を今年8月~来年3月、例年の15%削減することなどで合意した。

ドイツ・メディアはおおむね「結束のシグナルを示した。危機の時には欧州は迅速に行動することを期待できる」(ARD)と肯定的に見ているが、様々な例外措置も認めており、「骨抜き」との評価もある。ハンガリー外相が7月21日、モスクワを訪問し、ガス供給の拡大で合意するなど、露骨に水を差す行動をとる国もある。

EUが「結束」と「分裂」のどちらに向かうかは、今後のロシアに対する制裁の効果や、ウクライナの戦況にも大きく左右されるのではないか。

制裁は徐々に効果を上げており、特に精密機器の部品不足は深刻で、近く生活必需品の生産や列車や飛行機の運行にも支障が出てくるだろう。ロシア中央銀行は22日、物価高騰のさなかにもかかわらず、景気対策を優先させ、利率を8%に引き下げた。経済のかじ取りは困難の度を加えている。

ウクライナに投入された西側の最新兵器では、米国が供与した高機動ロケット砲システム(HIMARS)が威力を発揮し、南部ヘルソン州でウクライナ軍が攻勢をかけていると伝えられる。

今夏の反撃が効果を上げ、2月24日のロシア侵攻時の線まで押し戻せるかもしれない。例えばそれを停戦ラインとして、調停を模索する動きも始まるかもしれない。制裁効果と戦況が西側世界に有利に働けば、ロシアからの揺さぶりに耐える余地も高まるだろう。

今がまさに我慢比べの正念場である。(了)