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国基研ろんだん

2022.08.01 (月) 印刷する

異なる中露の戦略的意図 太田文雄(元防衛庁情報本部長)

7月29日、ロシア国防省は8月末から9月初めにかけて極東地域で大規模な軍事演習を行うと発表した、NHKはその分析として「ウクライナへの軍事侵攻を続ける中、大規模な軍事演習を行うことで、十分な兵力があるとアピールする狙いがある」と報じている。同日の産経新聞は一面トップで「津軽海峡高まる緊張」とし、サブタイトルを「進む中露連携」とした。しかし筆者の見解は多少異なる。

高まるオホーツク海の戦略的意義

核戦力に依存するロシア軍は、所在が外国に知られやすい大陸間弾道弾(ICBM)は敵の第一撃で全滅する可能性が高いことから、海中に潜む弾道ミサイル搭載原子力潜水艦(SSBM)による第二撃を重視している。そのSSBMは、北のバレンツ海と極東のオホーツク海を要塞化して常時遊よくしている。

今回のロシアのウクライナ侵略で、バレンツ海の南に位置するフィンランドとスウェーデンがこれまでの中立政策を転換し、北大西洋条約機構(NATO)加盟の手続きに入ったことから、ロシアにとってバレンツ海の要塞化が難しくなりつつある。そこでロシアはオホーツク海を戦略的に重視することを企図としており、それが、この秋極東で大規模演習を行う背景であろう。31日の海軍記念日にプーチン大統領が「戦略的に重要な地域を守る」としてオホーツク海を挙げたことからも窺われる。

筆者は、冷戦末期の昭和63年秋、海上自衛隊の護衛艦「ゆうぐも」の艦長としてオホーツク海に入り、深夜に旧ソ連のSSBNが弾道ミサイルを発射して空が真っ赤になる光景を目の当たりにした。当時、オホーツク海に侵入しようとする米海軍の攻撃型潜水艦(SSN)を阻止するために、旧ソ連の対潜艦や対潜機が千島列島最深の北ウルップ海峡(英語名Bussol)に集中していた。こうした状況の再来が、これから起ころうとしている。

北極海航路に注目する中国

一方、地球温暖化の影響で北極海の氷が解け、欧州から中国への短距離航路が開かれた。中国としては、ベーリング海峡を抜けた後、中国の二大港湾施設である渤海周辺と上海を中心とする揚子江河口に向かうには、宗谷海峡か津軽海峡を抜けて対馬海峡に向かうか、約10日前に中国測量艦が日本の領海に侵入した九州南方海域を通ることになる。いずれにしても日本列島の狭い海域を通過しなければならない。

ロシアとしては、自国の裏庭である北極海に中国の原子力砕氷船が我が物顔に遊弋し、自国がジュニアパートナーとなることは面白くないであろう。また、中国にとって自国SSBNの要塞は南シナ海であり、そのために約10年前から人工島を建設、6年前に国際仲裁裁判所が下した「国際法違反」という判決を無視し続けてきた。従ってロシアのオホーツク海要塞化に手を貸す気はない。

このように一見、中露が連携しているかのように見えても、両者には戦略的意図の違いがあり、そこを冷徹に観察して日本も戦略を構築していかなければなるまい。(了)
 
 

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第187回 「進む中露連携」。だが連携には疑問符。

産経新聞一面の見出し「進む中露連携」。だが連携には疑問符が付く。決して中露は一枚岩でない。露にはオホーツク海が戦略核の聖域。他方中国は北極海航路に至る日本の海峡に魅力。日本には中露の思惑を逆手に取る戦術が必要だ。