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2022.08.29 (月) 印刷する

安倍氏銃撃で警視総監の責任は問われないのか 有元隆志(産経新聞月刊「正論」発行人)

安倍晋三元首相が銃撃されて死亡した事件で、警察庁が25日にまとめた検証結果と警護の見直しに関する報告書を読んで疑問に思ったことがある。奈良県警の責任には言及しているものの、安倍元首相の身辺警護にあたる警護官(SP=セキュリティポリス)と、警護官が所属する警視庁の責任には言及していないからだ。

奈良県警の責任に帰した報告書

報告書は「相当数の警護員を配置するなどの適切な措置を執ることにより、被疑者が県道を横断して本件遊説場所に接近することを阻止し、もって本件結果を阻止することができた可能性が高いと認められる」と結論づけた。

「後方警戒の空白」は当初から指摘されていたことであるが、奈良県警が作成した警備計画の不備のため警備員が適切に配置されず、制服警察官の配置の検討もなかったとしている。

報告書では、現場にいた奈良県警本部警備課長(警視)が「後方警戒の空白の顕在化」に気付いて、身辺警護員らに指示していれば事件を阻止することができた可能性が高かったと、事実上、警備課長の責任と結論づけている。

警視庁から派遣されているSPは「被疑者の接近に気付いていなかったことから、突然の発砲音のみで直ちに銃撃を受けたと理解することは困難であったと認められる」と記した。

当時、安倍元首相の隣にいた堀井巌参院議員は日本テレビの取材に対し「背後から銃声が2回聞こえた。突然大きな音が2回した」と話し、目撃した人は「音が鳴った時に、すごい衝撃波が来た」と証言している。

1発目の発射から2発目までは約2.7秒あった。SPは防護仕様のかばんを近づけようとしたが間に合わなかった。1発目は外れたものの、2発目までの間に「安倍元首相を演台から降ろし、または伏せさせるといった危険から回避させるための措置が執られることはなかった」(報告書)。

警察庁警備局長や警視総監を歴任した高橋清孝氏は事件直後、産経新聞の取材に「爆発音がしたら伏せさせる、突き倒すなど、どんなことをしてでも対象を守るというのは基本でたたき込まれている。安倍氏と警護員の距離が離れていたことが問題ではないか」と疑問を投げかけていた。

報告書ではSPらの立ち位置から防護のための対応を取るのが遅れ、阻止するのは事実上困難であったとし、事件を阻止するには「1発目の発砲前の段階において、被疑者の接近に気付いている必要があった」と記している。

なぜSPを増員しなかったのか

SPは都道府県をまたぐ警備を行う場合、今回でいえば奈良県警の指揮に入ることにはなるが、警視庁のSPが警備にあたったにもかかわらず安倍元首相を守り切れなかったのは事実だ。

SPは訓練の練度も高く、テレビドラマの主人公になるほど尊敬される存在である。発砲音に直ちに反応し、安倍元首相を伏せさせる行動を取るのがプロの警護者としての役目ではないのか。

報告書では奈良県警の責任を問うているが、SPを統括する警視庁警備部の責任には何ら触れていない。警備に関わっておらず、規律違反なども認められないとして、処分の対象とはならなかったのだという。

安倍元首相にあれだけ容疑者が接近するのを許したのは奈良県警の失態としても、SPと、SPを派遣した警視庁に責任は全くなかったといえるのか。報告書では警護対象者が地方で選挙応援のため街頭演説する場合は、「警視庁警護員(SP)が随伴し、管轄する道府県警察の警護員と連携して警護に当たっていた」と説明しているが、今回その連携がうまくいかなかった理由についての分析がない。

なぜ警視庁はSPの人数を増やさなかったのか疑問に残るが、報告書の作成者にはそうした認識はなかったようだ。

安倍元首相は政府・与党の中でも特に野党陣営などからの批判対象となっていた人物である。ほかの要人の誰よりも狙われる可能性は高かった。平成27年9月、安倍政権時に成立した安全保障関連法をめぐっては、成立前に国会前で「戦争法」と反対デモを行っていた法政大学の山口二郎教授が「もちろん暴力を使うわけにはいきませんが、安倍に言いたい。お前は人間じゃない! 叩き斬ってやる!」と訴え、聴衆が歓喜したことがあった。

大石吉彦警視総監は長らく安倍元首相の秘書官を務めており、安倍元首相が〝標的〟となっていることは熟知していたはずだ。遊説する機会の多い選挙期間中だけでもSPの人数を増やすという判断をすべきだった。警視総監ら警視庁の責任も問われてしかるべきだ。9月27日の安倍元首相の国葬後、大石氏は直ちに辞任すべきであろう。

SP部門を警視庁から切り離せ

報告書では今後に向けて、SPが所属する警視庁警備部警護課の体制の大幅な強化を図るとし、警察庁警備局警備運用部の体制も大幅に拡充する方針を示した。予想された結論である。果たしてそうした小手先の改革でいいのか。

7月19日付「今週の直言」の「危機管理体制を抜本的に見直せ」でも書いたが、米国のシークレットサービス(大統領警護隊)のように中央政府が責任を持って対応する体制に移行すべきだ。SP部門を警視庁から切り離し、警察庁付属機関である皇宮警察のように独立した部署が都道府県の警察と連携して警備にあたるべきではないのか。指揮命令系統を一本化したほうが連携もスムーズにいくはずだ。

警察に検証と体制見直しを丸投げにすべきでない。いまこそ政治の出番ではないのか。(了)
 
 

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