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2022.09.05 (月) 印刷する

北朝鮮の報復宣言直後に脱北者が襲われた 西岡力(モラロジー道徳教育財団教授)

「もし3月の大統領選挙で文在寅の後継者である左派の李在明が当選していたら、韓国の自由民主主義は取り返しのつかないところまで破壊されていたはずだ。尹錫悦が当選したことで、われわれは尹大統領の任期である5年という時間を得た。この時間を利用して、文が破壊した自由民主主義をどこまで回復させられるかが勝負だ」。8月後半、2年半ぶりにソウルを訪れた私に、韓国の保守派のリーダーがこう語った。

尹錫悦政権になっても韓国の自由民主主義の危機は続いている。日韓のマスコミはほとんど報じていないが、そのことを象徴するテロ事件が8月15日に起きた。その日、ソウルの中心部で数万人の保守派が集まり、「自由統一、主思派剔抉てっけつ(主体思想派摘発)、8・15国民大会」が開かれた。北朝鮮に風船ビラを送り続けている脱北人権活動家の朴相学氏が演説のために舞台に上がろうとしたとき、50代の男が「殺すぞ」と叫んで1.3メートルほどの鉄パイプで朴氏の頭を殴ろうとした。とっさに朴氏が右手で頭をかばった。朴氏はひどい痛みで一時的に意識を無くし、病院に運ばれた。右手を骨折していて、入院して治療を受けた。

「コロナは南のビラに付いてきた」

その5日前の8月10日、北朝鮮では金正恩総書記や労働党の最高幹部が皆出席して、コロナウイルスを完全に撲滅したとする全国非常防疫総括会議が開かれ、そこで、総書記の妹の金与正副部長が、韓国から飛んできたビラにウイルスが付いていたことが北朝鮮でコロナが蔓延した理由だから必ず報復する、と次のような激しい言葉でテロ宣言を行った。

「問題は、かいらいが今も引き続きビラと汚らわしい物品を送り込んでいるということにある。われわれは必ず強力な対応をしなければならない。すでにいろいろな対応案が検討されているが、とても強力な報復的対応をしなければならない。もし、わが共和国にウイルスが流入しかねない危険な行為を敵が引き続き行う場合、われわれは、ウイルスはもちろん、南朝鮮当局の連中も撲滅させることで応えるであろう」

北と連動する韓国左派

逮捕された朴氏襲撃犯は釜山に住み水産物納品の仕事をしているという李ハグン(55)だった。留置所に面会に来た左派メデイア「民プレス」記者に、犯行動機について、尹錫悦政権は法律に反して風船ビラを飛ばしている朴氏の活動を防がず、処罰もしないので自分が処罰しようと思ったと語った。驚いたことに「民プレス」は、8月10日の金与正副部長の韓国に対する報復宣言を紹介して、ビラ送付は「危機が高まる南北関係に火薬の火を付ける」ものだとし、朴氏を襲った李を「偉人」と書いた。李が収監されている警察前では、左派活動家が「(まず)朴相学から処罰せよ」というプラカードを持ってデモをしている。 

脱北人権活動家らが入院中の朴氏と一緒に緊急記者会見を開いても、韓国の新聞やテレビは全く報じなかった。尹錫悦政権幹部も与党政治家も誰も事件について発言しない。だから、日本のマスコミも報じない。韓国の自由民主主義の危機は続いている。(了)