「なぜ北朝鮮の金正恩総書記は娘を公開したのか」という質問をよく受ける。そのたびに私は「本人に聞かなければ分からないが、日韓のいろいろな解説者が語っているような大きな意味はないと思う」と答えてきた。
この質問に対して、曖昧な推測でなく、論理立てて答えてくれた人物がいた。2019年9月に韓国に亡命した元駐クウェート北朝鮮代理大使のリュ・ヒョヌ氏（49）だ。リュ氏は金総書記が娘を公開した理由を、極度にかわいがっているためと説明した。さらに、娘は後継者になれない、と語った。
ジュエを溺愛する独裁者
リュ氏は「金一家の金庫番」と呼ばれた全日春・元労働党39号室長の娘婿だ。全氏は2019年2月まで39号室長を務めた。リュ氏の父親も金一家の護衛部隊幹部だった。だからリュ氏は金正恩政権の権力中枢部について多くを知る人物だ。
リュ氏の長文のインタビュー記事が12月12日の朝鮮日報に掲載された（日本語版には不掲載）。日本ではほとんど報道されていないので、リュ氏の発言のうち特に興味深い部分を紹介する。
リュ氏は、金総書記が娘を公開した理由を次のように説明した。発言中、ジュエは娘の名前だ。
金正恩は「親ばか」と言うほどジュエをかわいがっている。ジュエが赤ちゃんの時、高級幹部の行事などに、金正恩が自分で抱くかおんぶをして出てくるのを見たことがある。（米プロバスケットボール選手）デニス·ロッドマンが（2013年に）平壌に来た時も、ジュエを抱いて出てきたではないか。9・9節（北朝鮮建国記念日）の公演に出た女の子について、外国メディアが「金正恩の娘」と推測報道した。金正恩の立場では、他の子供が自分の娘として見られることを「本当の娘への侮辱」と考えたかもしれない。ジュエが公開された直後、北朝鮮メディアは金正恩の娘と推測された少女の公演映像を急いで削除した。金正恩はインターネットで韓国、米国のニュースをすべて見ている。
私が1990年代、北朝鮮空軍第1師団第35連隊に勤めていた時、金正日が高英姫（金正恩の母）と金正哲（兄）、金正恩、金与正（妹）をみんな連れてきて、戦闘機訓練を参観したことがある。金日成も、金正日も、子供たちを武器発射場や軍部隊訓練場に同行した。金正恩は、自分が最も誇りに思っている新型兵器、大陸間弾道ミサイル（ICBM）を最愛の娘に見せたかったはずだ。
建国記念公演の謎の少女は誰か
確かに、今年9月9日の祝賀行事で子供たちによる踊りと歌の公演があり、それを放映する朝鮮中央テレビの映像では、その中の１人の少女が特別扱いをされているように見えた。そこで韓国や日本などのメディアが、この少女は金総書記の娘ではないかと報じた。
リュ氏は、金総書記がそのような推測報道を「本当の娘への侮辱」と考え、本当の娘を公開したと見るのだ。
北朝鮮内部に独自の情報源を持つ脱北者で人権活動家の姜哲煥氏は、自身が主宰するYouTube（ユーチューブ）テレビで、9月9日に出てきた少女が金総書記の娘であることは間違いないが、母親が本妻の李雪柱氏ではなく、玄松月労働党宣伝煽動部副部長だと伝えた。玄副部長は金総書記に関係する行事などを担当している。その権限で自分と金総書記の間にできた娘にスポットライトを当てる演出をしたというのだ。それに激怒した李雪柱氏が自分の娘を正式に公開するように金総書記にせがみ、ミサイル発射場にジュエが出てきたというのだ。
この情報は興味深いが、私の調べでは、玄副部長が金総書記の愛人であることと、玄副部長に息子がいることは間違いないものの、9月9日に出てきた少女が玄副部長の娘だとは確認できなかった。
女子は後継者になれない
リュ元代理大使のインタビューに戻ろう。リュ氏は、女子は後継者になれないとして、次のように語る。
娘は後継者ではないと思う。北朝鮮は家父長制が残り、男尊女卑の思想が依然として強い。ジュエが結婚すれば、その子供は金氏ではなく（結婚相手の）李氏や朴氏になるが、これは「白頭血統(金氏血族)」の観点から見れば別の血統になる。金日成、金正日、金正恩と続く金氏の血統の変異となり、北朝鮮住民は正統性を受け入れ難い。「金氏王朝の血統」に混乱が生じかねないということだ。 何よりも、後継者を語るには子供たちが小さすぎるし、金正恩もまだ若い。
日本で、母方のみ天皇の血を引く女系天皇が出現したら、新たな王朝の出現となり皇統は途絶えてしまうと見る多くの皇室専門家の主張に通じる考え方であり、大変興味深い。（了）
