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2023.01.10 (火) 印刷する

2050年カーボンニュートラルに必要なこと 奈良林直(東京工業大学特任教授)

グリーントランスフォーメーション(GX)とは、地球温暖化や環境破壊などを引き起こす温室効果ガスの排出を削減し、環境改善と共に経済社会システムの改革を行う政策である。この中核を成すのが二酸化炭素(CO2)を出さないグリーンエネルギーで、太陽光や風力などの再生可能エネルギーだけでなく、原子力にもにわかに注目が集まっている。

我が国も、産業革命以来の化石燃料中心の経済・社会・産業構造をクリーンエネルギー中心に移行させ、経済社会システム全体の変革、すなわちGXを推進すべく、GX実行会議を政府内に組織し、菅義偉前首相が世界に向けて宣言した「2050年までに温室効果ガスの排出量をゼロにするカーボンニュートラル」の実現を目指している。年頭に当たり、少し明るい未来のエネルギー供給について論じたいと思う。

GX が目指す未来

我が国を含め先進国では脱炭素化に向けて再生可能エネルギーの普及を推進してきたが、我が国全体で使用するエネルギーのうち、電力として供給されるのは約25%しかない。残りの75%が産業用の熱エネルギーや、自動車、航空機などの運輸用の燃料として使われている。

電力エネルギーの分野で、出力の変動が大きく曇天・無風状態で電力需給逼迫を引き起こす再生可能エネルギーも、メガソーラー(大規模な太陽光発電施設)の近くに電気分解による水素製造設備を設置し、水素エネルギーへの変換でエネルギー貯蔵ができるようになれば、電力会社の買い取り制限や送電線を何倍にも太くするなどのシステムコストの問題をクリアすることができる。原子力発電の低廉な電気も、夜間の余剰時に水素製造を行えば、高い設備利用率を維持できる。

水素エネルギーの課題克服には合成燃料

トヨタ自動車が開発した燃料電池車「MIRAI(みらい)」が2021年の東京五輪を機に華々しくデビューした。筆者が住む東京・晴海地区には水素ステーションが設置され、都営バスや新橋方面へ行くBRT(バス高速輸送システム)バスも水素燃料電池バスで、ディーゼルエンジンの振動や騒音が無く、とても快適だ。

しかし、五輪需要後に燃料電池車の販売台数が急激に落ちこんでいると報道された。その原因は、水素充填スタンドの設置に1か所2億円、天然ガスや液化プロパンガス(LPG)から水素を作りながら販売する水素ステーションの設置に5億円もかかるためだ。ある自治体の知事が使用する公用車は、水素を充填するのに往復40キロも走らねばならないという。

水素は現在、天然ガスやLPGから製造する過程でCO2を排出してしまうので、完全なクリーンエネルギーではない。また、約700気圧(70メガパスカル)に水素を加圧して燃料電池車のボンベに充填する必要があり、この圧縮に必要なエネルギーだけで、電気自動車が200キロ走れるエネルギーを消費する。このような問題点は開発の最初に検討しておくべきで、圧縮エネルギーなどは、コンプレッサーの損失を考慮すれば、簡単に電卓で計算できる。国家プロジェクトを推進するときに、最初に行うべきは成立性検討(フィージビリティスタディ)で、いわば国家プロジェクトの目利きが必要だ。

現在、中国や欧州では電気自動車(EV)が急速に普及しつつあり、我が国でも電気自動車の充電スポットは全国で2万か所を超え、ガソリンスタンドの数の6割を超えている(一般社団法人・次世次世代自動車振興センター調べ)。

水素エネルギーは、火力発電所で発電時に回収したCO2と水素を合成してメタンやメタノール、ジメチルエーテルなどの合成燃料を作ることにより、既存のエンジン車の燃料として利用できる。ただし、発生したCO2を再び回収しなければ、炭素循環社会は築けない。

水素と窒素からアンモニアを製造して火力発電所の燃料とすることも国家プロジェクトで進められているが、窒素(N)の質量数は14、これに水素(H)が3つ付いてアンモニア(NH3)の質量数は17だ。つまり製造地の中東から17万トンタンカーで運んでくるアンモニアのうち燃料になるのはわずか3万トンになり、輸送コストが高額な割に効率の悪いことが課題だ。

このように2050年のカーボンニュートラルを目指した取り組みは、産業用、運輸用の石油や天然ガスの代替として、水素から合成燃料を安く製造する技術を開発することが重要となる。さらに、合成燃料が燃焼した際に発生するCO2を再び回収する技術の産業規模での成立性をコスト評価も含めて検討することも必要である。開発項目の選択と集中が不可欠となる。(了)

日本の一次エネルギー供給実績(資源エネルギー庁資料)

 

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第290回 すこし未来の明るい話

エネルギー脱炭素化の主体は産業界。化石燃料からCO2を排出しない技術や原子力発電でも小型モジュール炉SMRの革新技術が開発中。グリーントランスフォーメーションGXに関する国家投資は将来のリターンを生む。これからもエネルギー問題の解決に向け活動したい。