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国基研ろんだん

2023.02.13 (月) 印刷する

気球の軍事利用を警戒せよ 織田邦男(麗澤大学特別教授、元空将)

2月5日、米空軍は、領空に侵入して米本土を横断した中国の気球をサウスカロライナ州沖の大西洋上で撃墜した。最新鋭のF22戦闘機を出動させ、最新鋭の空対空ミサイルAIM9Xを使用した。

米政府は中国の偵察気球が領空を侵犯し、主権を侵害したと主張し、中国側は民間の気象観測気球が天候の影響を受けて予想外に米国領空に入ったと反論する。現在、米国が残骸の回収、分析作業を行っており、真相究明が待たれる。

米も飛ばした偵察気球

冷戦時、米国がソ連領内に偵察気球を飛ばしていたことはあまり知られていない。1950年代、高高度偵察機U2が実戦配備されるまでの間、米国はソ連の核関連情報を入手するため、偵察気球を使った。偵察衛星が未整備だった頃である。

今回の偵察気球は高度6万フィート(約1万8000メートル)の偏西風に乗って来たが、その上の高度帯には、偏東風が吹いている。米国上空から気球を偏東風に乗せて西へ飛ばし、ソ連領土の上空を横断して情報を入手した後、西ドイツで回収するという計画だった。だが、気球の偵察能力は限定的であり、何より回収が難しく、当時ソ連圏のポーランドなどに着陸することもあり、プロジェクトは中止された。その後、情報収集はU2に取って代わられ、ソ連による1960年のU2撃墜事件後は、偵察衛星が主役になった。

気球の弱点は「風任せ」であり、自律航行ができないことである。今回の気球に小さいプロペラが2枚付いており、「推進力では」との報道もあった。だが、あのプロペラでは大きな気球の推進力になり得ない。多分、アンテナの指向制御用であろう。

先端技術使えばピンポイント攻撃可能

「風任せ」とはいうが、逆に「風」が読めれば、地球上のどこにでもエネルギーを使わずに到達できるという利点がある。つまり世界各地の上層風の状況を詳細に把握できれば、気球を上昇、下降させるだけで、ピンポイントで目標地点に到達できるのだ。

現在、スーパーコンピュターと人工知能(AI)技術の発達によって、これが可能になりつつある。地球上の上層風の詳細な状況をリアルタイムで把握、分析し、気球を上昇、下降を自在に、かつ精密に実施できれば、事実上の自律航行が可能になる。何より安価であり、撃墜されても人的被害がない。ここに兵器として気球の価値が再認識される。

報道によれば、中国で気球の運用は宇宙、サイバー、電子戦などを担当する戦略支援部隊が関与しており、内モンゴル自治区に大規模な偵察気球打ち上げ基地があるという。また、中国は40か国以上の領空に偵察気球を飛ばしていたと米国務省が公表している。世界中の軍事基地を偵察する「世界的監視プログラム」であるとの指摘もある。偵察衛星と違って長時間連続の監視活動が可能であり、「監視プログラム」のツールとしてはうってつけである。

生物化学兵器の投下手段に

今後、用途は偵察任務にとどまらないことは予測しておかねばならない。化学兵器、生物兵器の運搬、投射手段としても考えられる。特に生物兵器は使用する側も被害を受ける可能性が強く、使用しにくい兵器と言われてきた。だが、気球で夜間、隠密裏に侵入し、静かに投下すれば、「○○基地に謎の伝染病が発生。核戦力が機能停止」といったSF小説のような事態の発生も荒唐無稽とは言えなくなる。

今回、中国が「気象観測気球が誤って米国領空に入ってしまった」と最初のアラスカ侵入の時点で公言しておけば、たとえそれが嘘でも、米国は厳しい対応を取れなかったのではないか。つまり、中国の拙劣なやり方が撃墜という事態を招いた。気球は未だ実験途上なのかもしれないし、米国の反応を見るための、まさに「アドバルーン」だったのかもしれない。だが、先進技術と結びついた気球の軍事利用の有用性に、中国は真っ先に気が付いているのだろう。たかが気球、されど気球である。日本も最悪を想定した法的整備、対応準備を怠ってはならない。
 
 

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第313回 元戦闘機乗りが中国偵察気球を解説

200ノットの偏西風に乗ればバルーンでも相当早い。最悪のシナリオは兵器化。高度で風向風速は異なる。この情報が気球操縦の鍵。実証実験のためのバルーンではないか。