公益財団法人 国家基本問題研究所
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国基研ろんだん

2023.05.15 (月) 印刷する

北朝鮮社会の崩壊が始まった 西岡力(モラロジー道徳教育財団教授)

北朝鮮で社会の末端の崩壊が始まっている。今年に入りひどい食糧難によって一部で餓死者が出ていることはすでに韓国政府も確認している。最近私が北朝鮮内部につながりを持つ韓国筋から聞いたところによると、反体制的な事件がかつてなく急増している。

4月の間に全国で確認された反体制事件は過去最高の1000件だという。これは北朝鮮の政治警察である国家保衛省に報告された件数だから、実際にはもっと多いはずだという。落書き、ビラ(手書きではなくパソコンを使って印刷されたもの)、小規模反体制会合のほか、保衛員(政治警察官)、安全員(一般警察官)、党・行政機関の幹部が襲われる事件が頻発している。3~5人の小規模な反体制組織が全国にできつつあるという。現在、中央と地方の保衛員は24時間態勢で警戒している。

「政権を倒してくれるならありがたい」

金正恩総書記に次ぐ権力ナンバー2で実妹の金与正党副部長が尹錫悦韓国大統領の訪米を非難した4月29日の談話の中に、「(バイデン米大統領が)『政権の終えん』という表現を公然と直接使った」という表現が含まれていた。その部分を朝鮮中央通信から引用する。

座視できないもう一つの事実は、敵国の統帥権者が、全世界が見守る中で『政権の終焉』という表現を公然と直接使ったことである。

これを老いぼれのぼけと見るべきか。

米国の安全と将来に対しては全く責任感がなく、自分に残っている任期2年だけを満たそうとしても負担が大きい、未来のない老いぼれの妄言であるとも言える。

しかし、最も敵対的な米国という敵国の大統領が直接使った表現という事実、これはわれわれが容易に見逃せないあまりにも途方もない後の暴風を覚悟すべき修辞学的威嚇である。

この談話全文を北朝鮮のテレビニュースでアナウンサーが読み上げたため、米国の大統領が金正恩政権を終わらせると言ったという話が急拡散した。多数の住民は「米国が金正恩政権を倒してくれるならありがたい」「早く攻撃してほしい」という反応を示し、保衛省を緊張させている。

住民の8割が政権に不満

1983年、当時のレーガン米大統領がソ連を「悪の帝国」と呼ぶ演説をした時、ソ連共産党の機関紙がその部分を引用してレーガン氏を非難し、その結果、ソ連内の反体制派、特に収容所に入れられていた政治犯らが「世界はわれわれを見捨てていない」と勇気を得たという話を思い出す。

5月初め、国家保衛省が全国で秘密裏に実施した住民動向調査によると、約80%の住民が政権に不満を抱いていることが判明したと聞いた。

地方と平壌の幹部らも大きく失望している。各種ミサイルを配備し、核武装を完成させれば米国が一定程度譲歩して、制裁の一部でも解除すると思ったが、むしろ軍事的圧力が強まった。そして、バイデン大統領が尹大統領と会って、北朝鮮が核を使えば政権は終焉を迎えると公言した。もはや金正恩政権に希望はないと多くの幹部が考えているという。(了)