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2023.05.29 (月) 印刷する

進歩した原発安全対策と女川訴訟のギャップ 奈良林直(東京工業大学特任教授)

5月21日から5日間、京都国際会館で開催された第30回原子力工学国際会議に出席した。参加者は約1000人。筆者は、東京電力福島第1原子力発電所の廃炉作業に関するパネルセッションの座長や、格納容器内の放射性物質を濾し取り排気するフィルターベントについての講演を行った。講演の直前に、東北電力女川原発再稼働差し止め訴訟の請求棄却の速報が入り、福島の事故後に進歩した世界の原発安全対策と、旧態依然たる原発反対運動のギャップの大きさを痛感した。

世界で生かされた福島事故の教訓

廃炉作業に関するセッションでは、東京電力から廃炉の進捗状況や、ロボットを用いたデブリ(溶けた核燃料とコンクリートなどが混ざり冷えて固まったもの)の取り出し計画、鉄筋コンクリート製の原子炉支持円筒(ペデスタル)下部の鉄筋がむき出しになっている箇所の詳細な解説があった。東芝からは、開発中の革新軽水炉には溶融炉心を受け止め冷却するコアキャッチャーなど各種の革新的安全システムが付いていることの紹介があった。

スイスのポールシェラー研究所(PSI)からは、世界各国の革新軽水炉や小型モジュール炉(SMR)の開発や実証試験を実施していることや、欧州における福島原発事故の原因解明や欧州の原発の安全性向上のリーダーシップを取っていることの説明があった。

福島第1原発の事故は大変不幸で耐え難いものであったが、得られた教訓や技術的知見を基に、世界中の原発の安全性が飛躍的に向上し、運転中の原発の安全対策や革新原子炉の開発が活発になった。このように、人類が再び原子力を活用する未来が開けたことや、着実な安全性向上が参加者の共通認識となった。

当然の再稼働差し止め請求棄却

別のセッションでは、筆者および仲間の研究者が、格納容器のフィルターベント、その要素技術である多層メタルファイバー、小児甲状腺癌の原因物質である放射性有機ヨウ素の除去性能試験、移動式空気浄化システムについて一連の発表を行った。

セッションの冒頭に発表した筆者は、女川原発の広域避難計画の不備を指摘する住民訴訟の原告の再稼働差し止め請求が仙台地裁で棄却されたことを満席の会場の参加者に紹介した。

女川原発のような再稼働準備中の沸騰水型原子炉には、新規制基準に定められた圧力逃がし装置としてフィルターベントが設置されている。格納容器内の放射性物質が濾し取られて排気されるため、空間線量の有為な上昇が発生しない。

また、内閣府の原子力防災担当が定めた避難計画によると、原発から5~30km圏内では住民は屋内退避となるため、一斉に避難することにはならない。加えて、地元住民は避難訓練を通じ、自家用車を使わずバスで避難することを知っている。従って、原告が主張するような、「我先に自家用車で逃げて道路が交通渋滞になる」恐れは小さい。

マスコミの勉強不足

この訴訟に関するその後の各紙の報道を見ると、電話取材を受けて筆者が解説したことは適切な記事になっていたが、フィルターベントなどの安全対策を全く知らない記者も多く、また、空間線量が上昇しない場合は屋内退避になるという内閣府原子力防災担当の避難ルールを知らない記者もいた。

万一、フィルターベントが作動しない場合でも、各地区が順番に避難するような手順を定め、それに従って避難先が指示される。このように、新規制基準に従って安全対策工事をして再稼働した原発の安全性は飛躍的に向上した。そのことを正確に伝えるのがマスコミの役割であろう。(了)