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2023.06.12 (月) 印刷する

「ダム破壊」に見るプーチン氏の勝利への執念 織田邦男(国基研企画委員・麗澤大学特別教授)

6月6日、ウクライナ南部のカホフカ・ダムが決壊した。これによりへルソン地区の広域(東京23区に匹敵)が洪水に襲われている。

決壊の原因として、①ロシアによる爆破②ウクライナによる爆破③豪雨により安全水位を超えたことによる自然決壊―の3通りの可能性が考えられる。

②と推定する根拠は、洪水によりドニプロ川東岸のロシア軍陣地が無力化されると共に、ロシア占領下のクリミア半島の水源地喪失といったダメージをロシア側に与えられるからだ。だが、ウクライナ軍の反転攻勢作戦にとっては、洪水による直接的メリットはない。

③は、昨年11月の攻撃でダムは既に損傷しており、水位上昇により自然に決壊したという説だ。しかしながら、ノルウェーの地震研究機関(NORSAR)は、決壊した際に「爆発」の振動を感知しており、損傷が原因で決壊したのではないとの見解を示している。また米偵察衛星も決壊直前に爆発を検知しており、建造物専門家の意見として「意図的な内部爆発の可能性が高い」との報道もある。

軍事的に見れば、①の可能性が最も高い。以下、そう判断する根拠を説明しよう。

ウクライナ軍の渡河作戦不可能に

ウクライナ軍は満を持して反転攻勢作戦を開始したところである。ウクライナにとって、乾坤一擲けんこんいってきの大勝負であり、失敗は許されない。この一戦に敗北すれば、北大西洋条約機構(NATO)諸国の「支援疲れ」は加速し、リターンマッチの機会が失われる可能性は高い。同盟国を持たぬウクライナにとって背水の陣である。

ロシアも、この一戦の重要性は十分に理解しており、反転攻勢の緒戦で出はなをくじくため、ダムへの攻撃というジュネーブ条約違反の禁じ手に出たのではないか。

ウクライナのゼレンスキー大統領は、へルソン地区に非常事態宣言を出した。住民の救助にウクライナ軍が投入されるが、それは反転攻勢作戦の予備兵力が割かれることを意味する。

ロシア軍はドニプロ川東岸に構築した陣地が水没し、ロシア軍自体に被害が出たという報道もある。だが、洪水による川幅の拡張、流量の増加でウクライナ軍のドニプロ川渡河作戦は当面不可能になった。またダム上の道路が破壊されたので、それを橋として渡河作戦に利用することもできない。これは作戦全体としてみれば、へルソン地区の戦線が消滅したことを意味する。

反転攻勢の練り直しか

ロシア軍はもはやヘルソン地区に兵力を張り付けておく必要はない。ただでさえ兵力不足のロシア軍である。ウクライナ軍南下の可能性がなくなったヘルソン地区のロシア軍を東部の主戦場に振り向け、兵力を集中できるメリットは大きい。

ウクライナ軍としては、へルソン地区の戦線消滅により、南部での陽動作戦は不可能になった。反転攻勢の柔軟性が欠けたということであり、今後、作戦計画変更を余儀なくされることもあり得る。

ウクライナによる反転攻勢作戦が始まったこの時期に、「ダム破壊」はロシアにとって絶妙の軍事作戦だったと言える。

このところウクライナ戦争は、ロシア側の手詰まり感が強かった。だが、今回のダム破壊を見る限り、プーチン・ロシア大統領は勝利への望みをまだ捨てていないことが分かる。(了)