公益財団法人 国家基本問題研究所
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国基研ろんだん

2023.06.26 (月) 印刷する

欧州に過度な期待はできない 佐藤伸行(追手門学院大学教授)

「アメリカ人は戦いの神、火星から、ヨーロッパ人は美と愛の神、金星から来た」という警句を思い出す。6月に欧州外交評議会(ECFR)が公表した欧州連合(EU)市民に対する世論調査の結果、台湾をめぐって米中の紛争が生じた場合、6割以上が自国の中立維持を支持すると回答したのだという。上記の言葉は、米国のネオコン(新保守主義者)の論客ロバート・ケーガン氏がおよそ20年前、イラク戦争に反対する欧州に皮肉を込めて発したものだが、その「金星の性質」は今も保たれたままのようだ。こうした市民の意識は、台湾有事をめぐる欧州の政策決定者の舵取りを鈍らせることにつながりかねない。米国と我が国は、台湾有事への備えとして、欧州への過度な期待を避けるべきだろう。

中国は「パートナー」、台湾有事で「中立」

ECFRによると、この調査は、ドイツ、フランス、イタリア、オーストリア、オランダ、デンマーク、スウェーデン、スペイン、ポーランド、ハンガリー、ブルガリアの11カ国の市民1万6000人以上を対象に4月に実施された。中国を「必要なパートナー」とみなす割合は平均43%で、「ライバル」(24%)と「敵対国」(11%)を合わせた数より多い。

興味深いのは、中国に対して融和的なマクロン大統領率いるフランスでは、むしろ「ライバル」(28%)と「敵対国」(13%)の和が「パートナー」と答えた31%を上回っていることだ。ドイツ政府はこのほど、国家安全保障戦略を発表し、中国を「パートナー、競合国、体制上のライバル」と例によって玉虫色に位置付けたが、ドイツ市民の50%は中国を「ライバル」(32%)か「敵対国」(18%)とみなしている。「パートナー」と答えた割合は33%で、経済的依存度の大きいドイツでも、中国への視線は厳しさを増している。

だが、台湾有事への対応となると、欧州市民は途端に及び腰になる。平均62%が「中立」を支持し、「米国を支援する」と答えた割合は23%と全体の4分の1にも満たない。マクロン大統領は4月の訪中後、欧州が台湾有事に巻き込まれないよう対米追随を避けるべきであると主張したが、欧州市民の多数派はマクロン流の思考法である。とはいえ、フランスの中立派は53%で、ドイツの60%よりも低い。米国を支援すると回答した割合が比較的大きいのはスウェーデン(35%)とポーランド(31%)で、ロシアのウクライナ侵略から受ける脅威の度合が反映されていると思われる。

ECFRの分析を引用して言うと、「欧州市民は北大西洋条約機構(NATO)の東縁部とインド太平洋の両戦域が連動しているとする多くの米国の戦略家の見方にくみしていないよう」である。こうした欧州側の意識は、米国の欧州関与政策にも影響しそうだ。「米国にとって最も重要な(米中)紛争をめぐって、欧州市民が局外に身を置きたいというシグナルを送っているとすると、米国にとっては、欧州関与を継続しようという判断がとりづらくなる」(ECFR)からである。

曖昧で分裂気味の対中政策

こうした民意を下敷きにしている欧州の対中政策は必然的に分裂的で、曖昧模糊もこなものになる。EUの執行機関、欧州委員会のフォンデアライエン委員長の提唱によって、中国とは「デカップリング」(分離)ではなく、「デリスキング」(リスク回避)を進めるという路線が米国の賛同を得たこともあり、よく言えば「複眼的」だが、右顧左べんが過ぎる場面も少なくない。

例えば、6月後半にドイツ、中国双方の主要閣僚が出席する政府間協議がベルリンで開催され、中国側からは初外遊の李強首相が参加した。ところが、終了後の共同記者会見は、中国側のごり押しに屈して記者の質問を受け付けないことになり、ドイツ政府のメディア対応の歴史に汚点を残してしまった。

李首相はメルセデス・ベンツやシーメンス・エナジーなどドイツ大手企業の首脳と会談、ドイツ重視の姿勢を鮮明にした。その後、フランスを訪問してマクロン大統領と会談し、当然のように、関係強化で一致したという。独仏中の3国連携を演出してみせたのである。

だが、その一方、ドイツは今年3月、26年ぶりに閣僚を台湾に派遣し、科学技術協力協定を締結するなど、中国の顔色を伺いながらではあるが、世界の先端半導体の9割を生産する台湾との連携強化に乗りだしてもいる。

李首相の訪欧直前には、台湾の呉釗燮外交部長(外相)が欧州を歴訪した。まず、EU内反中派の筆頭と言えるパベル大統領率いるチェコに足を運び、シンクタンク主催の会合に出席し、演説した。その後、欧州議会を訪れ、親台湾議員と交流した。

注目すべきチェコの動向

今後のEUの対中政策を占う上で、中国に対して先鋭的なチェコのような国の動向を追う必要があるだろう。今年3月に大統領の座に就いたペトル・パベル氏は戦歴豊かなエリート軍人出身であり、1989年のビロード革命を率いた劇作家バツラフ・ハベル氏(後に大統領、故人)の衣鉢を継ぎ、自由と民主主義の価値を体現することで、大統領選に勝利した。パベル氏は大統領選勝利後、台湾の蔡英文総統と電話で話し、驚かせたが、古来、ボヘミアの地は反逆精神に富んでいる。

チェコが中国との対決姿勢を鮮明にした場合、EU全体として、調整に乗り出さざるを得ない局面も生じる。ラムズフェルド元米国防長官の昔の言い方に従えば、チェコなどの「新しい欧州」が独仏という「古い欧州」に対中政策で強い刺激を与えることもあり得る。(了)