中国の李強首相が就任後最初の外遊先に選んだのはやはり欧州であった。6月下旬、長年にわたって良好な関係を保つドイツとフランスを訪問した。欧州では、ウクライナ侵略戦争を続けるロシアに好意的態度をとる中国への視線は険しくなっているが、そうした中でも中国は、米欧離間策を進めるため、まず独仏との「変わらぬ交誼」を誇示する必要に迫られた。
李首相が独仏で微笑外交
威圧的ないわゆる戦狼外交は中国外交の主旋律ではなくなりつつあるように見える。中国はその看板に「微笑外交」を上塗りすることによって、ロシアのウクライナ侵略後、中国に吹き付ける向かい風を変えられると思っている節があり、李強首相の独仏訪問ではそのことが実践された。欧州市民に好感を持たれやすい気候変動対策での協力を約束し、ビジネス面でも温和なアプローチをとった。ベルリンで開催されたドイツ企業首脳との円卓会議では「お互いの安全保障への懸念は理解する。ただ、リスクから身を守ることは協力と矛盾しない」(英フィナンシャル・タイムズ紙)などと、大人の風を装った。
李強首相との共同記者会見でドイツのショルツ首相は、新型コロナウイルスを引き合いに出し、中国との協力関係の大切さを強調したが、台湾、新疆ウイグル自治区、香港といった喫緊の課題には言及しなかった。メルケル前首相同様、ショルツ氏もあえて「虎の尾を踏む」ような真似はしない。
李強首相はベルリンからミュンヘンに移り、自動車大手BMW首脳と会談した後、パリに飛んだ。マクロン仏大統領との会談では、台湾問題も話されたとエリゼ宮は発表しているが、詳細は明らかにされていない。ロイター通信によれば、李強首相はボルヌ首相とも会談し、「欧州連合(EU)は多極世界における重要な極であり、欧州が客観的で理性的な中国理解に至るように前向きな影響力を行使」してほしいなどと、にじり寄ったらしい。フランスで史上2人目の女性首相であるボルヌ氏は「フランスは中国企業に差別的な措置をとらない」と述べたというから、ずいぶんと温かい。
李強首相はパリでの演説で、EUに「戦略的自律の追求」を促し、独仏を牽引車として欧州を中国に引き寄せ、米欧の団結を阻止していこうという発想を隠さなかった。戦略的自律は、中国の眼には欧州に付け入る隙として映っているようだ。
もろさが内在する欧州の対中姿勢
しかしながら、中国とのデリスキング(リスク回避)を掲げる欧州側は、中国へ厳しいサインも送っている。ドイツは、李強首相の訪問日に合わせて、国内治安機関である憲法擁護庁の年次報告書を発表した。中国に関しては、例年、先端科学技術分野におけるスパイ活動への懸念を盛り込んでいるが、今年の報告書は、2049年に米国と対等の覇権国になろうという中国の野望を明記するなど、中国を警戒する表現が先鋭化している。
EUの執行機関である欧州委員会も、李強氏訪欧のタイミングで、中国などへの先端技術の流出阻止や政治システムの異なる国への貿易依存を回避する大枠を盛り込んだ「経済安保戦略文書」の当初案を発表した。文書は6月末のEU首脳会議で合意された。欧州委は今後、対中タカ派と形容されるようになったフォンデアライエン委員長(元独国防相)の下、対中デリスキングの包括的アプローチを煮詰めていくことになる。
だが、そうは言っても欧州はもろい。対中宥和派の仏指導部や、EU内に置かれた「中国のトロイの木馬」とも言われるハンガリーのオルバン政権などがEUの経済安保戦略策定に水を差し、結局はデリスキング戦略が希釈されることもあり得る。EUが強い対中戦略でまとまるか否か、さらに注視が必要だ。(了)