公益財団法人 国家基本問題研究所
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国基研ろんだん

2023.07.24 (月) 印刷する

ドイツの「対中戦略」が持つ意味 三好範英(ジャーナリスト)

ドイツのオラフ・ショルツ政権は7月13日、ドイツ初の「対中国戦略」(以下「戦略」)を閣議決定した。

従来、ドイツにとって中国は、市場や投資先といったもっぱら経済的関心の対象でしかなかったが、2000年代の中ごろ、中国資本によるドイツ先端企業の買収を直接のきっかけに、政治、安全保障における負の側面も無視できなくなってきた。中国が権威主義の価値観と体制を強化し、グローバルな影響力を増大させるのにどう対処するかが問われ始めたのである。

厳しくなった対中認識

包括的な対中戦略の策定は、政権発足(2021年12月)以来の懸案だったが、連立与党間の合意形成に難航し、ようやく1年7か月かけて公表にこぎつけた。

ドイツ政府はすでに2020年8月に、対中戦略を含む「インド太平洋指針」(以下「指針」)を発表している。「指針」と比較することによって、「戦略」の意味がよりはっきり浮かび上がるだろう。

「指針」は米中の対立がインド太平洋地域の緊張を生み出しているという認識がベースになっている。「戦略」では中国の急速な軍備拡張が同地域の不安感を増大させており、中露の関係強化がドイツに対して直接的な安保上の重要性を持つと指摘するなど、中国の影響力拡大こそが地域のみならず、グローバルな不安定化の原因となっているという認識に転換している。

「指針」では「軍事的」という表現は極力避けられ、インド太平洋での多国間対話の促進がしきりに謳われた。「戦略」では、インド太平洋の「仲間」(パートナー)の国々との軍事的な協力関係構築の必要性や、軍事演習への参加などを通じた軍事的プレゼンスによる国際秩序の維持などを求めている。

また、「指針」には「台湾」は1か所も出てこないが、「戦略」には13か所登場し、台湾海峡の安全保障の重要性にも言及された。東シナ海の状況についても注視していく旨が明記された。

昨年12月に閣議決定された日本の「国家安全保障戦略」は、中国の広範で急速な軍事力増強への懸念とともに、「防衛力の抜本的強化」による抑止力向上の必要性を主張している。ドイツの「対中国戦略」は、軍事的な対中抑止にまでは踏み込んでおらず、その点は物足りない。ただ、中国という権威主義国家への認識が極めて厳しくなったことは明らかで、それは日本としても歓迎できる。「指針」と「戦略」の間に起きたロシアによるウクライナ侵略という国際情勢の激変も作用したことは疑いがない。

無視できない経済依存の現実

他方で、ドイツの貿易相手国は中国が7年連続の首位で、昨年は貿易総額約3000億ユーロと過去最高となった。また自動車、化学産業を中心にドイツ主要企業の対中投資は依然として伸びており、これらの産業にとって中国はもはや死活的な存在である。

経済的な対中依存関係が深まる現実と、中国の権威主義に対する警戒との間で、どう整合性を取るか。合意形成に時間がかかったのも、連立与党間で、対中経済関係を重視する社会民主党(SPD)と、人権問題など価値観の側面を重視する緑の党の間の調整に手間取ったからだ。同じジレンマに置かれている日本にとっても注目に値する点である。

「戦略」は、欧州連合(EU)と同様に、中国を「仲間」「競争者」「体制上の対抗者(ライバル)」という3つの側面からとらえる考え方を採用した上で、「競争者」「対抗者」としての側面が強くなっていることを指摘している。

そして具体的な施策としては、デリスキング(リスク低減)をキーワードとして、戦略物資に関して中国への過度の依存を避け、サプライチェーンを多様化すること、EUが団結して通商交渉に当たること、技術革新への投資を進め科学技術分野での依存度を下げること、などを上げている。

ただ、結論としては、「ドイツは中国とのデカップリング(分離)は取らない。中国との経済的な密接な関係を堅持する」「体制上の対抗は協力関係が不可能なことを意味しない。協力関係は対中戦略の根底にある要素」という、「経済」の側に甚だしく寄った立場を打ち出している。

深刻化するジレンマ

ドイツは対ロシアでは天然ガスなど資源面で依存関係を深めた結果、ウクライナ侵略で手ひどいしっぺ返しを受けることになった。対中国ではその二の舞いを避けねばならないことは理解されているが、対中依存が対ロ以上に複雑かつ多岐にわたっている以上、デリスキングですら容易ではない。「価値観」と「実利」、あるいは「安全保障」と「経済」のジレンマはむしろ深刻化するのではないか。「戦略」で大枠の方針を掲げたものの、結局すっきりした処方箋があるわけではなく、手探りで具体的な政策を積み重ねるしかないのだろう。

付け加えるならば、「戦略」での日本への言及はただ1か所、環境分野での協力関係に言及している箇所のみである。中国と賢明に付き合うには、日本との協力関係は強力なテコになるはずだが、ドイツのアジア認識はいつも肝心なところが欠けていると感じる。(了)