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国基研ろんだん

2023.10.10 (火) 印刷する

誰が海底ケーブルを防護するのか 太田文雄(元防衛庁情報本部長)

日本は海外とのインターネット通信の99%を海底ケーブルに頼っているため、ケーブルを切断されれば、通信上の鎖国状態となる。それほど重要なインフラであるにもかかわらず、その防護を政府機関のどこが担当しているのか明確になっていない。

平成11年に定められた総務省設置法の3条には任務として「情報の電磁的方式による適正かつ円滑な流通の確保及び増進」が明記されているので、総務省の所掌といえる。

本年2月2日に台湾本島と離島の馬祖列島を結ぶ通信用の海底ケーブルが切断され、同月8日にも別のケーブルが切断された。2日には中国の漁船が、8日には中国船籍の貨物船が付近を航行しており、故意に切断された可能性もある。また海底ケーブルではないが、同じ海底の重要インフラであるバルト海のガスパイプラインが昨年9月に損傷を受け、スウェーデンの治安当局はこれを破壊工作と断定した。

こうした破壊工作から海底ケーブルを防護するには、それなりの防護手段が必要であるが、総務省は実動部隊を有していない。防護を執行できる部隊を保有しているのは海上保安庁と海上自衛隊である。

「非軍事」の25条で海保の任務外

一般社団法人の横須賀カウンシル・アジア太平洋研究所(YCAPS)は定期的に在日米軍基地近くでセミナーを行っている。10月4日には東京の横田基地近くで「武力紛争における海上保安庁の役割」についてのセミナーが行われ、筆者も参加した。発表者は武力紛争時の海保の役割として、①住民の避難・救援②船舶への情報提供・避難支援③捜索救難・人命救助④港湾施設などのテロ警戒⑤大量避難民への対応措置―の五つを挙げた。

筆者が「米海軍協会の月刊誌プロシーディングズ8月号には沿岸警備隊が海底ケーブル防護を主動すべきとする米沿岸警備隊大尉の論文が入賞作品として掲載されているが、海底ケーブル防護を海保は担当しないのか」と質問したところ、「武力行使を伴う活動は海保の任務ではない」との答えであった。

参加者は相当数が在日米軍関係者であったので「中国の海警が軍の隷下に置かれ、武力行使の敷居を下げる海警法を一昨年定めた中で、海保は現状で十分か」とか「南シナ海で対中国海警の多国間訓練・演習が行われる中で、非軍事の海保は参加できるのか」「非戦闘海域のみでの活動はどだい無理ではないか」「サボタージュ(破壊工作)対処は海保の任務ではないのか」といったコメントや質問が出された。筆者の質問に関連して、セミナー終了後、インド太平洋軍の幹部は「本年行われた台湾有事の机上演習では、海底ケーブルの切断がシナリオに盛り込まれた」と教えてくれた。

非軍事を謳った海保庁法25条のため海保が海底ケーブルを防護できないとなると、対敵軍事行動(戦闘行動)で手一杯の海上自衛隊がケーブル防護まで担当しなければならなくなる。

海軍と沿岸警備隊の障壁なき関係

プロシーディングズの本年9月号には「海軍がサイクロン級哨戒艇(約300トン)の交代を検討するのであれば、沿岸警備隊の即応巡視船 (Fast Response Cutter, 約350トン)を哨戒艇として使用するのが理想的」とか「インド太平洋同盟国への即応巡視船と国家安全保障巡視船(National Security Cutter, 約4000トン)の提供は、同盟国の抑止と相互運用性を改善するのでウィン・ウィンの機会である」といった論文が米沿岸警備隊の幹部によって書かれている。事実、フィリピン海軍の艦艇は米沿岸警備隊が提供したものが多い。対中海軍兵力が量的に劣る同盟国海軍に対し、米沿岸警備隊が積極的に巡視船を提供しようとする案だが、これは海軍と沿岸警備隊の障壁なき関係がなければ実現できない。

有事でも平時でもない「グレーゾーン」という言葉が人口に膾炙かいしゃされて久しい中、「海保は非軍事のみ」と障壁を設けた時代は去りつつある。(了)
 
 

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第451回 海底ケーブルは有事の時のアキレス腱だ

中国が日本のEEZ内にブイを設置し海洋データを取得している。海洋法違反行為で着々と軍事活動に利用されるデータを整備。加えて海底ケーブルが切断されるリスクもある。台湾の周辺にも重要なケーブルがあり海峡リスクが高いことを認識すべき。

奈良林直 国基研企画委員