公益財団法人 国家基本問題研究所
https://jinf.jp/

国基研ろんだん

2024.02.05 (月) 印刷する

トランプ政権復活可能性に戦々恐々の欧州 三好範英(ジャーナリスト)

米大統領選挙は、トランプ前大統領が共和党大統領候補指名へ向けて大きく前進し、予想される民主党のバイデン大統領との一騎打ちでも勝って、政権に復帰する可能性が現実味を帯び始めている。ウクライナ支援の停止を示唆し、かつて北大西洋条約機構(NATO)からの脱退にも言及したトランプ氏が大統領に返り咲いたら、欧州の安全保障に甚大な影響を与えることは不可避だ。欧州各国は戦々恐々と、大統領選の行方を注視している。

独の一部に核武装論も

欧州主要国で、最も危機感を持っているのはドイツだろう。ドイツは歴史的にNATO、なかんずく米国の核抑止を含めた軍事力に依存する安保政策を基軸にしてきたからだ。トランプ政権は第1期の終盤には実際に在ドイツ米軍撤退に着手しようとしたから、バイデン政権誕生で実行直前に中止された時、当時のドイツは心底安堵した。

最近、ピストリウス国防相がしきりに、ロシアの脅威とそれへの備えの重要性について発言している。昨年11月、「ドイツ軍は戦争準備が整っていなければならない」と述べて、波紋を投げ掛けた。今年1月19日には、「今後5~8年の間に、ロシアのNATOに対する攻撃があり得る」とし、徴兵制の復活などドイツ軍の改革を唱えた。

国防相はロシアからの「脅威状況の切迫性」を根拠に挙げているが、トランプ氏再選の可能性も念頭に置いているのかもしれない。

欧州議会の中道保守、欧州人民党(EPP)グループのマンフレート・ヴェーバー代表(ドイツ)は1月下旬、雑誌インタビューで、「(米大統領に)誰が選ばれようと、欧州は独自に防衛、抑止できねばならない。いざとなったら核戦力の選択肢が解決を与える」とまで踏み込んだ。

国防費増で米の軟化を期待

ただ、今のところ議論は広がりを欠いている。ドイツの安保関係者に聞くと、「トランプ2.0」はまだ仮定の段階のようだ。

1月末、ポツダムにある「ドイツ連邦軍軍事史・社会科学研究所」(ZMSBw)の研究員が来日し、研究会を行ったが、その一人は、「私の知る限り(トランプ氏当選に対する)非常事態対応策(contingency plan)はない」と言い切った。

その上で、「我々は米国のNATO脱退など受け入れたくない。トランプ氏とは、対米大幅黒字の貿易収支の改善、ドイツ国防費の一層の増額などで取引が可能と思いたい」と述べ、柔軟に対応できる余地はあるとの期待を語った。

同研究員によると、第1期では、メルケル首相(当時)がトランプ氏の持つ反民主主義的傾向に強い警戒感を公言し、トランプ大統領就任ののっけから米独関係は険悪化した。それに比べれば、ショルツ首相は柔軟に対応できるとの期待感はあるという。

仏はEUの対米依存低減目指す

一方、歴史的にフランスは多極的な世界秩序を常に志向しており、自前の核抑止力を持ち、NATOや米国に全面的には依存しない安保政策を志向してきた。マクロン大統領もこの伝統的な外交姿勢に立ち、第1期トランプ政権時は、ヨーロッパの「戦略的自立」の考えを唱道した。

ドイツに比べれば、トランプ氏再選へのいわば耐性は強いと言えるが、在フランスの日本外交筋によると、フランス政府も公言はしないが、危機感を持って事態の推移を見ている。フランスの外交当局者は、安倍晋三元首相とトランプ氏との関係構築がいかに可能だったかについて高い関心を示しており、水面下でトランプ氏周辺との人脈形成を図っている模様という。

「戦略的自立」を唱道するフランスだが、米国をNATOにとどめることが必要不可欠と考えており、NATO加盟国が国防費の国内総生産(GDP)比2%支出を達成することでトランプ氏を納得させられるかをまず見ようとしている。

同時に、欧州連合(EU)を主導し、経済安保、防衛産業なども含む包括的な米国への依存低減を目指すことも始めている。2月1日に開かれたEU臨時首脳会議では、ウクライナへの500億ユーロ(約8兆円)拠出で合意したが、米国に依存できなくなることを見越した議論があったという。

欧州の軍事力向上が急務

バイデン政権の間も、米欧間の国防費負担をめぐる問題は解決していないし、米国のインド太平洋への重点の移行、すなわち欧州離れは長期的な傾向である。ただ、皮肉なことにウクライナ戦争が西側世界に結束を生み出し、米欧間の亀裂を覆い隠していた。

ZMSBw研究員は「第1期のショッキングなトランプの要求が、欧州防衛基金や向こう10年間の戦略的指針『戦略的コンパス』の策定を実現するよい刺激だったことは否定できない。米大統領が誰であれ、欧州の軍事能力向上が急務であることは変わらない」と語る。

ウクライナ戦争の長期化で、米国内の戦争への支援疲れは顕著で、大統領選挙を前にすでに支援継続が不透明になっている。大統領選の結果いかんにかかわらず、欧州は新たな安保体制の構築に取り組まざるを得ないだろう。(了)