テレビ報道は何のためにあるのか。今回、民主主義の根幹である選挙を守るために、テレビというメディアは何の役にも立たなかった。
東京15区衆院補欠選挙の期間中、この選挙戦の異常さが毎日、大量に動画でX(旧ツイッター)に流れていた。政治団体「つばさの党」(黒川敦彦代表)の根本良輔候補の陣営によるマイクを使った大音量での不規則発言と至近距離からの罵倒、選挙事務所への執拗な突撃、他陣営が身の危険を感じるほどのつきまとい。毎日のように行われたこれらの行為の映像が選挙期間中、テレビで流れることはなかったのではないか。
異常さを報じなかったテレビ
NHKとテレビ報道のデータベースで、「東京」「15区」「妨害」のキーワード三つを入れて検索してみたところ、選挙期間中、NHKは根本陣営の行為について、4月22日に岸田文雄首相の国会における質疑応答を短く伝えたのみだった。検索結果に他のテレビ局の報道はなかった(ちなみに「妨害」を除き「東京」「15区」で検索しても、異常さを報道した番組は見つからなかった)。
実際、私は4月25日にNHKが報道した「東京15区 過去最多 9人の争い」をリアルタイムで見てのけぞった。まるで正常な選挙が行われているかのごとく各候補者の訴えを流したからだ。中でも「諸派の根本良輔さん」の紹介には驚いた。「IT関連会社を経営し、SNSを駆使した選挙戦を展開しています。年金制度改革などを進めていくと訴えています」と解説した後、根本氏の穏やかな街頭演説を放送したからだ。
地上波は投票終了後の28日午後9時になって、テレビ朝日「サンデーステーション」が警視庁や他陣営の口を借りて「妨害」と伝えたのを皮切りに、一斉に根本陣営の行為を映像で流し始めた。が、「放送禁止」に当たるのか自主規制なのか、実際に各陣営が神経をすり減らした異常さについては放送していない。しかも今さら何だ、という話でもある。
新聞(全国紙)は選挙戦中盤に小池百合子都知事の会見や国会での質疑応答を報じた社が若干ある程度。終盤になってから具体的行為の一部を伝えたが、報道は抑制的だった。そもそも文字ではあの異常性は伝わらない。実際、私の周囲では「報道には目を通すがSNSを見ない人たち」と「SNSを見る人たち」の今回の事象への危機感に隔たりがあった。
選挙期間中に報道すべし
他陣営は選挙中にもかかわらず、つばさの党への対策に時間を削られた。また、根本陣営の挑発による小競り合いを避けるために、街頭演説の日程を公表することができなくなった。これは各陣営にとって痛手であるのはもちろん、地元の有権者が演説を聴く権利も奪った。
では、NHKや他の地上波テレビ局がこの異常さを選挙期間中に報じなかったのは、なぜだろうか。異常な行為をしているのが候補者本人とその陣営だからだろう。しかし、根本陣営はこう言ったとテレビ朝日自身が報じている。
「根本氏の陣営はこうした行為について『選挙妨害と言う方が選挙妨害だ。法律の範囲内でやっている』などとSNSを通じて主張(した)」(4月28日「サンデーステーション」)
根本陣営は違法ではないことを確認した上で、確信犯的に堂々とこれを行っているのだ。テレビ朝日はそれを知っていたのだから、事実を報道すればよかった。あの、わめきちらし罵倒する姿(彼らはこれを「質問」だと述べている)を報道したからといって、それを「表現の自由」だと主張している彼らが「選挙に差し支えた」とは言わないだろう。
4月29日のテレビ朝日「羽鳥慎一 モーニングショー」では根本陣営の一部行為(マイルドなもの)を映像で流した上で、いつの間にかレギュラーコメンテーターに復帰している玉川徹氏がこう述べていた。「法律に違反してないんだったら何やってもいいっていう考え方。これを良識のある有権者が受け入れると思いますか、って話なんですよ」。
ならばなおさら選挙中に事実を報道し、有権者の判断を仰ぐべきではなかったのか。
有権者は馬鹿ではない
ちなみに、この番組「モーニングショー」では警察が動きにくい背景として札幌地裁判決を挙げていた。2019年に安倍晋三首相(当時)の街頭演説でヤジを飛ばした人間を北海道警が離れた場所に移動させるなどしたことは「表現の自由」の侵害だとした判決だ。
が、玉川氏は同番組で2017年、安倍首相が遊説日程を公表しないことについて「日程隠し作戦」と猛批判し、誰でも街頭演説を聴きに行ける以上、ヤジは「選挙妨害」といえないと述べている。安倍首相は「ヤジに弱い」とも述べた(2017年10月9日、ライブドアニュース)。日程も公表できないほどの安倍氏の状況は今回と同じだ。この番組が今回の異常さや、警察が動きにくい現状に影響を与えていないか、再検証が必要だろう。
私は選挙終盤に15区に行ったが、ある女性候補の陣営ではテレビ朝日が撮影していた。そこでは根本陣営の腕章を着け、太鼓を叩く人間(候補者以外)が、女性候補に対して執拗に不規則発言を続けていた。警官が来たら根本陣営の腕章を着けた人間はすっと去って行った。選挙期間中にこれを報道すればよかったのだ。
日本の有権者はテレビ局が考えるほど馬鹿ではない。実際、つばさの党の行為を見た83歳になる地元の人は「人間には品性が必要だ。彼らには品性がない」と述べていた。他者の主張を潰し、住民が演説を聴く権利を脅かしている事実をまずテレビ局が正確に報道しなければ今後の議論ができない。
「報道しない自由」
ちなみに、弊社の書籍『トランスジェンダーになりたい少女たち SNS・学校・医療が煽る流行の悲劇』の出版に対する放火脅迫事件についても、テレビは全く報道していない。本書をめぐっては、大手出版社KADOKAWAが本社前デモ予告などを受け、出版を中止した経緯がある。その後、弊社が発行を決めたわけだが、発売前になって、もし発売すれば抗議活動として本書を扱った書店に火を放つという脅迫が弊社と複数の書店にあった。この脅迫は現在も生きており、本書の書店販売に多大な支障を来している。しかし、この「表現の自由」を脅かしかねない事実についても、テレビ局は「報道しない自由」を行使しているのだ。
左右のイデオロギーだけの問題ではない。言論空間の現状が変更されようとしているのだ。秩序を破壊する可能性のある新しい事象が起きている。今、報道機関に必要なのは、情報の取捨選択ではなく、国民にまず事実を知らせることではないか。(了)