9月2日、カリブ海南部で、ベネズエラから出港した麻薬密輸船とされる船舶を米軍が攻撃し11人を殺害したのに続き、15日には2回目の攻撃で3人を、19日には3回目の攻撃で3人を殺害した。
米軍によるこれらの攻撃は、国際法および米国の国内法に抵触する可能性が濃厚だ。法的問題を整理するとともに、対策を考えてみたい。
国際・国内法違反の疑い濃厚
国際法の面では、例えば海洋法条約(1982年)は、全ての国に公海上での麻薬取引を防止する義務を課すが、船舶は所属する国(旗国)以外の国から干渉を受けない原則(旗国主義)があり、米国は旗国でないため直接対処することは許されない。その旗国主義の例外を設けた国連麻薬条約(1988年)は、麻薬取引の取り締まりを旗国以外の国にも認めたが、同時に、乗船・捜索を含むいかなる強制措置も、旗国との合意を前提条件とした。したがって、今回のケースは、米国と旗国ベネズエラとの合意がないことから、条約違反の可能性が高い。
国内法の面では、そもそも麻薬密輸は犯罪行為であるから、法執行を担う米沿岸警備隊の所管である。米国で、軍隊が法執行活動を行うことは民警団法(PCA)により原則禁止されるので、海軍とは別組織の沿岸警備隊が麻薬取り締まりを行う仕組みである。今回のケースなら、沿岸警備隊が出動し、疑義のある船舶を停船させ、乗船・捜索した上で拿捕し、乗組員を逮捕して裁判にかけるという手順を踏むのが通例である。にもかかわらず、軍が直接手を下したのであるから、PCAが禁じた法執行活動という点で国内法違反の可能性が高い。
自衛権行使に該当せず
仮に、今回の軍による密輸船への攻撃を法執行活動ではなく軍事行動とするならば、更なる法的根拠を問わねばならない。少なくとも公開された映像からは、公海上の民間船舶に対する一方的な攻撃であり、国連憲章が認める自衛権を行使するだけの切迫性と重大性を認めることは難しい。
その他多くの疑念に対する政権側の説明は、これまでの報道からは伺い知ることができない。確かに麻薬の密輸は忌まわしき行為であり撲滅すべきものだが、法を軽視する言い訳にはならないと考える。
「法の支配」を取り戻せ
ウクライナを侵略するロシアや、南シナ海の領有権争いに関する仲裁裁定を無視する中国のように、大国が堂々と国際ルールを蔑ろにする時代にあって、最近の米国の動きは、国際貿易ルール違反の関税措置、州知事や地元市長の同意を得ない治安維持目的の州兵派遣など、既存の法の枠に収まらない強引な手法に変化している。今回の麻薬密輸船攻撃もその端的な例と言えそうだが、このような国際的な法秩序の崩壊は誰も望んでいないはずだ。
では一体どのような麻薬密輸船対策をとるべきか。例えば既存の取り組みで参考にしたいのは、ヘルシャ湾やインド洋で行われてきた海上阻止行動(MIO)である。これは、テロの資金源となる麻薬や武器弾薬などの輸送を阻止する多国籍合同海上部隊の活動で、わが国も参加して多くの実績を残している。これを範とするなら、麻薬の拡散という古くて新しい脅威に立ち向かうため、法的根拠となる国連決議を求め、中南米の公海上をターゲットに有志国海軍で取り締まる枠組みを構築するのはどうか。
わが国を含む国際社会は、力による支配の時代にあっても、法の支配を取り戻す努力をすべきである。(了)




