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2026.02.02 (月) 印刷する

米国のマドゥロ氏拘束と「法の支配」 黒澤聖二(元統合幕僚監部首席法務官)

1月3日未明に米軍特殊部隊により実行された対ベネズエラ電撃作戦は、世界中の耳目を引いた。その作戦により拘束されたマドゥロ大統領夫妻は、米ニューヨーク州へ移送の後、連邦地裁で訴追された。罪状は、麻薬テロ、コカイン輸入の共謀や、機関銃と破壊装置の所持などとされる。

一連の米国の行為については当初、国際法違反、或いは法の支配を毀損する行為だという報道を目にしたが、具体的な説明は少なく、日本国内では総選挙が始まりその話題も沈静化しつつある。世界の反応は、スペイン首相が「国際法違反」、イタリア首相が「自衛権の行使」と述べ、英独仏はわが国と同じく法的評価の明言を避けるなど、意見が分かれたままである。
そこで本稿は、まず米国の法的立場を簡単に整理した後、国際法上の疑念を提示して、読者が判断する参考になればと考えた次第である。

トランプ政権の主張:国内法の域外適用

国際法上の議論で多くの識者が口にするのは、武力行使を禁止する原則(国連憲章2条4項)に違反するということである。確かに、今回のような軍事力を用いた外国人の拘束と移送を武力行使とすれば、反論の余地なく国際法違反となる。武力行使でないとすれば、自衛権の行使、あるいは人道的介入という理由付けも考えられるが、そのような説明を米政権はしていない。

米国の主張は、今回の行動はあくまで国内犯罪者の訴追であり、派遣した軍事力の使用は法執行機関の保護のためであるとした。すなわち、外国に対する武力行使ではないから、国際法上の議論は争点にならないという理屈である。

その流れでいうと、連邦刑法典を国外で適用する際、米国の裁判所が刑事管轄権から免除される外国国家元首を裁くことの妥当性について疑義が生じる。そこで米政権は、マドゥロ氏を国家元首と認めず、私人の犯罪者として訴追したのである。

実は2020年に、米司法省はマドゥロ氏を麻薬テロで起訴し、5000万ドルの懸賞金をかけていた。また、米政府はマドゥロ氏が大統領となったベネズエラの選挙を不正選挙として、大統領就任を認めず、あくまで私人として扱う立場を一貫して主張している。

加えて、国外で犯罪者を拘束する際、強制力を行使することになる根拠を、カー・フリスビー法理(Ker-Frisbie Doctrine)に求めたとされる。これは犯人拘束時に違法性があっても裁判には影響しないという米国における伝統的な法解釈で、かつてパナマのノリエガ将軍を拘束して訴追したときにも適用されたことでも有名である。この時米国の裁判所は禁錮40年の判決を下した。今回も同様に国内法を執行したというのが米国の理屈である。

拭えぬ国際法上の疑念

たとえ上記のように国内法上の要件を満たしたとしても、国際法上の疑念は拭いきれない。

例えば米政権は、カリブ海などにおける麻薬密輸船攻撃を麻薬カルテルとの武力紛争と位置付け、戦時国際法である武力紛争法を適用している。他方マドゥロ氏の容疑が麻薬テロを主導したこととすれば、麻薬密輸船との因果関係を否定する理由は見いだせない。つまり、マドゥロ氏夫妻拘束も武力紛争法上の武力行使と関連がないと言い切ることは難しい。

加えて、ベネズエラの領域に約150機の米軍機を侵入させ軍施設を攻撃したことは主権侵害に当たるのではないか、あるいは民間人を含め約100名という犠牲者を伴いマドゥロ氏夫妻を拉致同然に米国へ移送した手法が、与えた被害と均衡のとれたものであったかなど、人道的観点からも国際法上の問題として別途問われる必要があるものと思われる。

本件に関する法的評価は裁判などで後ほど示されることになるだろうが、その成り行きには法の支配という観点から大いに注目していきたい。仮に今回の件が国際法上も妥当とするならば、外国領域に軍事力を一方的に行使する国に対し、今後は国際法違反を主張し難くなる懸念がある。

下がる軍事力使用のハードル

中でも問題は、法の支配を貫徹すべき国連安保理常任理事国のロシアと中国に続き、米国も自国の国益に適うように法律を運用して、強制力行使のハードルを下げる傾向があるという事実で、これが台湾問題に波及する場合の備えが必要と考える。

これまでわが国の外交は、法の支配による国際社会の平和と安定を理想としてきたが、国連至上主義はいまや幻想であると認識し、独力で力の支配に対抗できる軍事力の増強を急ぎ、力に裏打ちされた外交を展開すべきだろう。2月8日の総選挙後の新政権には、実際に軍事力を行使する場面を想定し、今すぐ戦える体制整備を期待したい。(了)