トランプ米政権の対イラン戦争は、地域戦争の概念を超えて、戦略的要衝であるチョークポイント(海上交通が集中する隘路)を支配できるかが戦争と世界経済の行方を占うことになった。イランは経済動脈であるホルムズ海峡を遮断して、世界のエネルギー市場を「人質化」した。これに対して米国は、海峡の「逆封鎖」(イランの海上封鎖)でイラン経済を締め上げ、中東原油に依存する中国も揺さぶってイランを交渉に引きずり出す狙いもある。他方で、米国のホルムズ海峡封鎖は対中抑止戦略の核として長く検討されてきただけに、超大国の覇権争いを呼び寄せる実験場になった。
ホルムズ海峡の争い
イランは米国の圧倒的な軍事力に対して、二つの生き残り戦略で破滅から逃れる手を打った。イランはまず、紛争をペルシャ湾岸の周辺国に拡大して、米軍がすべてを防衛するのは不可能である状況をつくり出した。その上で、世界の原油供給の5分の1が通過するホルムズ海峡を遮断し、世界のエネルギー市場を人質化して対米抑止に利用した。しかも通過する船舶から通航料を徴収して、海峡を「唯一の抑止力にして、唯一の収入源」に変えていた。
しかし、米国の海峡封鎖は、この通航料システムを破壊するだけでなく、特に中国向けのイラン・タンカーと中国自身のタンカーを痛打している。イランの港を利用したり、通航料を払ったりしたタンカーが米海軍に拿捕されれば、イランの収入は数カ月のうちに枯渇する。
習近平政権は当初の沈黙に近い姿勢を変えて、「枢軸」関係にあるイランに、米国との交渉に応じるよう働きかけ、トランプ大統領から高く評価を受けた。5月の米中首脳会談を控え、米国の対中輸出規制を緩和し、台湾の「独立反対」をトランプ大統領から引き出す思惑もあったのだろう。
「オフショアコントロール」
しかし、米国のホルムズ海峡封鎖は、台湾有事を想定した対中戦略の一つ「オフショアコントロール」を中国に想起させ、決して夢見のよいものではないだろう。この戦略は、米国が直接、中国に大規模攻撃を仕掛けるのではなく、中国のシーレーンを遮断して戦争の継続能力を削ぐ考え方だ。原油の大半が通過するホルムズ海峡とマラッカ海峡が、主たる封鎖対象であり、かつて中国の胡錦涛国家主席が「マラッカ・ジレンマ」と呼んで、頭を痛めていたいわくつきの戦略だ。
中国はこれに対抗して、海軍力の強化とインド洋沿岸の港湾ネットワーク(いわゆる「真珠の首飾り」)を確保し、さらにロシア産原油などの陸上輸送ルートやパキスタン経済回廊計画に基づく石油パイプラインの構築を進めてきた。海峡封鎖を受けても、いわば「即死」しない体制を目指したのだ。
しかし、依然として中国の海上輸送への依存は大きく、長期封鎖への脆弱性は解消されていない。従って、台湾攻撃の場合には、米国に経済動脈を締め上げられる前に、短期決戦で制圧するという時間軸の衝突になっていく。
マラッカ海峡は、封鎖されてもコスト高ではあるがロンボク海峡などを遠回りすることはできる。ところが、今回のホルムズ海峡封鎖によって、こちらは中東原油の出口そのものであるところから、「回避不能」であることを思い知らされただろう。
従って中国は今後、ロシア産原油などの輸入を積極的に拡大し、沿岸国との関係強化と「一帯一路」構想と絡めた港湾ネットワークの充実、さらに再生エネルギーの比率を高めることになるだろう。
長期化は中国の利益
一方、トランプ政権は開戦の当初から、ベネズエラのマドゥロ大統領拘束など、短期決戦の成功体験に支配されて、出口戦略の準備が希薄だった。戦略としての海峡封鎖は、勝つための手段というより、敵を絞り上げるための装置であるために、効果が出るまでに時間がかかる。海峡封鎖が長引けば原油相場は急騰を免れず、中東原油に依存する同盟国からも悲鳴が上がる。ましてトランプ大統領は11月の米中間選挙への影響を考えれば、時間はイランに味方している。
トランプ政権にとってイランとの交渉決裂は、これ以上の消耗戦によって米国の戦力弱体化につながる。すでに長距離巡航ミサイルと迎撃ミサイルの備蓄は枯渇傾向にあり、再構築には何年もかかる。米海軍と空軍の中東への再配備によってインド太平洋の防衛力は低下する一方だ。まして、兵器や弾薬の製造には、中国が供給を支配するレアアース(希土類)が不可欠だから、先行きの不安は拭えないだろう。
イラン戦争をめぐる中東のチキンゲームはなお続く。中国にとっては海峡封鎖で苦しくなる分、耐え忍べば「トランプの戦争」は、中国とロシアに一定の利益をもたらすだろう。トランプ大統領が中東地域に気を取られ、インド太平洋への関心が薄れれば、習主席の眼には地域覇権を握る「戦略的好機」に映るからだ。(了)




