10月3日(金)、国基研企画委員会は島田和久・元防衛事務次官を招き、防衛力の抜本的強化に関する有識者会議についての報告を伺い、櫻井よしこ理事長をはじめ企画委員らと意見交換した。
事務方トップとして日本の防衛を担ってきた実績と深い見識のもと、同有識者会議の委員として報告書の作成に参画した島田元次官による同報告書の概要説明は、詳細でありながら分かりやすくもあった。

【概要】
「防衛力の抜本的強化に関する有識者会議」は、2022年の国家防衛戦略で「有識者から政策的な助言を得るための会議体を設置する」と明記されたことを受け、防衛省において常設の会議として設置された。
座長は榊原定征・経団連名誉会長。座長代理の北岡伸一・東大名誉教授(部会長を兼務)の他、15名の委員(自身は総会・部会の両会を兼務)で構成。昨年2月19日に第1回総会を開催し、総会6回、個別の論点を取り上げる部会5回を経て、本年9月19日に報告書を防衛大臣に提出した。会議は引き続き、提言内容の実施状況をフォローしていく予定。
〇報告書による提言の概要
1 前提となる会議としての情勢認識
ロシア、中国、北朝鮮の戦略的連携は、2022年の戦略三文書策定時とは次元が異なる様相を呈しており、東アジアで事態が生起した場合、三者が連携する公算は高い。米国の動向は構造的変容とでもいうべきであり、一過性のものとはならない可能性。世界は、「法の支配」のもとに国際秩序を守ることよりも、「力による支配」が横行する流れになりつつある。これらの変化が、これまでの想定を超えるスピードで生じており、こうした事態に正面から向き合って施策を講じていかなければならない。
2 特に重要と考えられる提言
① 防衛力抜本的強化の7本柱の推進と戦略装備の導入による抑止力・対処力の一層の強化
我が国全体として無人アセット開発を促進すべき。反撃能力は抑止力の鍵であり、VLS搭載潜水艦には従来の例にとらわれず、次世代の動力を活用することの検討も含め、研究開発を行っていくべき。第2列島線周辺に至る太平洋における防衛態勢の構築を行うべき。また尖閣諸島上空に無人機を常時在空させるなどの方策を検討すべき。
② 社会情勢を正面から捉えた装備品調達の高度化、組織再編と戦力構成の変革
将来の人口動態を踏まえれば、現実的に自衛隊が現在と同水準の人的規模を維持することはほぼ不可能。部外力を最大限に活用し、自衛官でしか出来ない分野を特定した上で、必要な人材の確保は国の責務として取組むべき。自衛官が定年以降65歳まで、防衛省・自衛隊において定員外の人員として予備自衛官を兼ねて勤務し、後方支援などを担う仕組みについても検討すべき。
③ わが国主導による戦略的視点に立った日米同盟の実効性向上、同志国との連携強化
核の脅威を直視した抑止力を我が国としてどのように構築していくかを真剣に検討する 必要。海上輸送路や海底ケーブルの安定的な確保のため多国間協力を検討すべき。
④ 防衛技術・生産基盤とサプライチェーンの戦略的強化、技術開発、防衛装備移転の拡大推進
国営工廠の導入を含め様々な方策を検討し、有事における装備品等の確保については、可能な限り国内で対応できる能力を確保すべき。防衛分野にアカデミアが抑制的な対応を取ることは、民生分野の研究開発を阻害するリスクもあり、科学技術・イノベーション政策と国家安全保障の関係は大きな転換点にある。また、防衛装備移転を広げていくことが必要。
⑤ 防衛力強化と経済成長の好循環創出に資する目標値の設定・進捗管理
防衛力の抜本的強化は日本経済の課題解決にもつながり得るとの意識を持ち、防衛と経済の好循環の創出に取組むべき。民間資金を呼び込む「防衛公社」設立や、公的防衛ファンドで個人投資家の出資を原資に防衛産業を支援するなど、多様な資金確保を検討すべき。
⑥ 防衛力の更なる抜本的強化に向けた検討
情勢・環境の変化を踏まえ、防衛力の更なる強化は待ったなしの課題。GDP2%の指標も国家意思を示すものとして重要。裏付けとなる安定した財源の確保も必要。防衛力整備計画の策定と見直しのサイクル等の在り方について、より柔軟にするなどの工夫を検討すべき。
〇報道で話題になったこと雑感
・43兆円とGDP2%の議論
インフレや為替変動の中で43兆円の現行計画の経費不足や見直しが議論になった。これは、過去すべての防衛計画では、物価変動の影響を受けないよう策定当時の価格で所要経費を規定していたが、今回はこの前提を外したことが要因。現行計画に制度的な問題がある。
加えてGDP2%という数字は、国交省、経産省、外務省の既存予算を加算し、NATO基準より幅広く上乗せした、我が国独自基準の「広義の防衛費」ということにも注意を要する。
・潜水艦動力の議論
有識者会議としては、原子力という選択肢を排除していないと認識。原子力基本法(昭和30年)において、「原子力利用は平和の目的に限り」とされ、推進力としての使用も認められないというのが今の政府見解。宇宙利用もかつて同様の縛りがあったが、議員立法で宇宙基本法(平成20年)を策定し、非軍事利用という束縛から脱却した。この前例は参考になる。現下の国際情勢において検討さえ行わないという姿勢は合理性に欠け理解に苦しむ。
【略歴】
昭和37年生まれ。慶應義塾大学法学部法律学科卒。昭和60年防衛庁入庁。防衛省で調査課長、防衛計画課長、防衛政策課長、大臣官房審議官、内閣官房で内閣参事官(安全保障・危機管理担当)などを歴任。平成24年、第2次安倍内閣において内閣総理大臣秘書官に就任し6年半以上務めた。防衛省大臣官房長を経て、令和2年、防衛事務次官に就任、令和4年退官。その後、内閣官房参与(防衛政策担当)、防衛省顧問などを務めた。現在は、東京大学公共政策大学院客員教授、全国防衛協会連合会理事長。 (文責国基研)




