国基研は2月9日(金)、定例の企画委員会において、評議員兼企画委員の岩田清文・元陸上幕僚長に、米国戦略文書の分析や、それが日本の戦略3文書の改訂にどのような示唆を与えるかなどについて伺い、その後櫻井よしこ理事長をはじめ企画委員らと意見を交換した。

【概要】
米トランプ政権は国家防衛戦略(NDS)を1月23日に公表した。その内容は衝撃をもって米国一強時代の終焉を世界に示した。
●米戦略文書作成の背景
NDS作成の背景には大きく二つの事象が影響を与えている。第一はウクライナ戦争で、この戦争を通じて権威主義陣営(中露鮮イ)が結束した意味は大きい。その結果いまだ戦争終結は見通せず、米一国では停戦に持ち込めないことで米国の弱体化を世界に露呈した。台頭する権威主義陣営が「力による支配」を強行することで、米国が主導して築いた戦後80年の国際システム(秩序)は崩壊を始めた。
第二は中国で、米国防戦略委員会の報告書(2024.7)は、中国が軍事力で米国を凌駕しつつあると指摘。米議会諮問委員会の「中国の軍事力や経済に関する年次報告書」(2025.11)は、台湾に対しては事前の警告なしに封鎖または侵攻する能力を強化しているとの懸念も示された。
●ドンロー主義を謳う国家安全保障戦略
NDSは昨年12月5日に公表された国家安全保障戦略(NSS)を受けて作成される下位概念の戦略文書で、前述の中国軍事力年次報告書なども反映されている。このNDSを受けて作成される文書に戦略態勢見直し(NPR)やミサイル防衛見直し(MDR)があり、次の発表が待たれている。
さて、NDSの上位概念であるNSSは戦略というよりマニフェスト(政権公約)に近い。その中では、権威主義国に対する批判はなく、中国に対しては敵というより「商売相手」とした。トランプ第一次政権(2017年)では中国を「現状変更勢力」と、前バイデン政権(2022年)では「最も重要な地政学的挑戦」と表現したが、それらと対比すると、経済重視・対立回避の姿勢が伺える。
加えて、バイデン政権時に強調された「ルールに基づく国際秩序」という表現は姿を消した。「モンロー・ドクトリンを改めて主張し実施する」とも記し、「ドンロー主義」と称して西半球(南北アメリカ大陸)を重視する姿勢を公式に示した。
●NDSの第一は米本土と西半球
このNSSを受けてNDSではより具体的な戦略を提示している。安全保障面において決して対中融和というわけではないが、同盟国の役割をこれまで以上に重視する。
NDSの優先事項は、①米国本土防衛、②力によるインド太平洋における中国抑止、③同盟国・パートナー国との負担分担強化、④米国産業基盤強化の4点である。
まず米本土防衛上、グリーンランド(デンマーク自治保護領)は米国の支配下にあるべきだというトランプ政権は、今後北極圏が安全保障の重要地域となることを示唆している。仮にロシアが国内に所在する施設から首都ワシントンに向け弾道ミサイルを発射するなら、概ねグリーンランド上空を通過する。またロシアの弾道ミサイル潜水艦の作戦海域を考慮すると北極海は死活的に重要な位置をしめる。
他方、年初にベネズエラ大統領を電撃的に拘束したが、それもNDSを反映したものである。米国の安全保障上重要なカリブ海を安全にするため、ベネズエラの民主的政権移行まで一時的に米国が運営(管理)するとした。実際、ベネズエラの石油施設は荒廃し、膨大な埋蔵量に対して生産が全く伴っていない。そこに中国が食指を伸ばしてきたところを、米国がストップをかけたという構図が見えてくる。
●インド太平洋で中国抑止
わが国の安全保障にとって重要なファクターは台湾海峡の安全である。NDSでは台湾海峡における従来の政策を維持するとした。ただし各同盟国がそれぞれの地域で第一義的な責任を担うことも同時に主張する。
ヘグセス国防長官は、昨年末に同盟国への期待として、NATOに対し、GDPの5%(中核軍事3.5%)を要求し、韓国は3.5%の中核軍事費を約束した。他のインド太平洋の同盟国にも同様に要求するであろう。現状、台湾は3.3%、韓国は3.2%で実現可能性が高いのに対し、日本は2.0%であり、さらなる努力を要するであろう。
●安保3文書の見直しに向けて
わが国の安保関連3文書(国家安全保障戦略、国家防衛戦略、防衛力整備計画)は本年末に改訂が期待されるが、まず第一列島線から第二列島線の防衛態勢強化を主軸に置く必要があるだろう。
米国が西半球重視を示す中、アジア関与には限界があることを見据え、日本単独の防衛力で第一列島線に対する侵略抑止能力を強化すること、及び米国の西太平洋展開を容易にするため第二列島線までの防衛態勢を強化することが重要である。
具体的には、米軍が展開する際に必要となる港湾その他の施設へのアクセス拡大、或いは西太平洋上に所在する硫黄島などの作戦基盤を強化する投資、さらにフィリピンや豪州と連携し、わが国の装備移転などを通じて第一列島線の防衛を強化することである。
その他の主要な改訂ポイントを以下に例示する。
・戦略正面の強化:わが国の戦略正面は中朝露の三正面と認識すべきである。特に近年、中国とロシアが緊密に連携した演習を繰り返し、リスクが増している。
・戦い方の変化と進化:次の戦争は宇宙から始まるといわれるように、宇宙・サイバー・AI・ドローン戦に対応しなければならない。
・情報戦・認知戦:情報の司令塔として国家情報局を創設し、現在5つに分散されている国の情報組織を統合することが必要である。加えて対外情報組織として対外情報庁も必要であり、また国家機密を保護するための法整備(スパイ防止法など)も重要であることは言うまでもない。
・防衛技術・産業基盤のさらなる強化:防衛産業戦略の策定、国営工廠や国有施設民間操業(GOCO: Government Owned Contract Operated)の推進、あるいは装備移転3原則運用指針の5類型の撤廃などが必要である。
・自衛隊員の確保:自衛隊の一般隊員は直近3年間で約2万人が減少している。少子化に苦しむ欧州各国が徴兵制など新たな兵役制度を模索する中、わが国は現職自衛官の地位・処遇の抜本的改善及び退職自衛官を65歳まで有効に雇用(活用)する制度(防衛官及び準防衛官(仮称))の創設など、隊員を安定的かつ確実に確保する取り組みが必要である。
・核抑止:中国は核弾頭を直近3年間で倍増させた上、小型核を開発することで核使用の敷居を下げ、有事の核使用リスクを高めている。今こそ非核三原則の見直しを含め核抑止の在り方を正面から議論することが求められている。
・憲法改正:自民・維新連立政権合意書に基づき、9条改正のため具体的に動くべきである。現状は集団的自衛権の一部行使に過ぎず、全面行使なくして米軍との信頼は築けないだろう。憲法改正は単なる防衛費の積み上げを凌駕し、真に強固な同盟関係を構築する上で重要なステップである。
【略歴】
徳島県出身、防衛大学校卒業後、1979年に陸上自衛隊入隊。戦車部隊など勤務を経て、米陸軍指揮幕僚大学(カンザス州)で学ぶ。陸幕人事部長、第7師団長(北海道)、統幕副長、北方総監などを経て2013年に第34代陸上幕僚長に就任し2016年に退官。著書に『中国を封じ込めよ!』(飛鳥新社)、共著に『自衛隊最高幹部が語る令和の国防』(新潮新書)、『君たち、中国に勝てるのか』(産経新聞出版)、『国防の禁句』(産経新聞出版)など。
(文責国基研)





