イタリアで開催された冬季オリンピックの熱も冷めやらぬ2月24日、国家基本問題研究所(櫻井よしこ理事長)は、通算11回目となる名古屋講演会を、名古屋駅前にある名鉄グランドホテルにて開催した。
今回の講師は国基研企画委員の湯浅博氏、司会は黒澤理事が務め、約1時間の講演に続き30分の質疑応答という時程で進行。湯浅氏は前回2年前に名古屋で講演して以来の登壇である。

「米中G2体制と日本の挑戦」と題した講演は、産経新聞紙上にコラム『世界読解』を執筆する講師ならではの、グローバルかつ客観性を重視した内容で、参加者からは今後を見通す視座となったという感想が寄せられた。
以下、講演の概要をごく簡単にまとめた。参加できなかった方の一助となれば幸いである。
【概要】
2月8日の総選挙は、連立与党の地滑り的勝利とはいえ、自民党が有権者に支持されたと考えるのは早計ではないか。むしろ、ロシアによるウクライナ侵略や台湾への武力攻撃も辞さない中国の脅威など、国際環境の激変による漠とした不安が投票行動の背景にはあった。戦後失われた日本人の自立性が覚醒され、そうした感覚を受け止めた高市早苗首相の政治姿勢が支持されたと見るべきだろう。
「米国の覇権安定」の時代から「米中G2」の時代が到来したとも言われる国際情勢の大変革期を迎え、高市政権は今後、どのような手を打つべきなのかーを考えてみたいと思う。
●米中G2時代が到来した
トランプ大統領が打ち出すMake America Great Againの政治コピーは、アメリカだけのものではなく、ロシアや中国でも強権的指導者が19世紀の世界のように「力」をもって他国を強制する動きを見せる。ただし、同じパワーポリティックスでも、米中首脳の戦略と言葉の変化から、その強権度の違いを推し量ることができる。
中国の習近平国家主席は、就任以来の演説を追ってみると、それまで多用していた「希望」「関心」から、近年は「強国」「統治」などに変化している。トランプ氏は逆に、中国についての表現を「重大な地政学的挑戦」から、「相互に利益のある経済関係」へと変えている。習近平氏はより強権的になっており、トランプ氏は他国との経済取引に傾斜し、日本は2つの大国の変化を注視しながら巧みに付き合うべきだろう。
高市首相は今回の総選挙で、「二つの敵」と戦ったと見ることができる。もちろん、一つは国内の野党勢力には違いないが、もう一つは、政権基盤を弱体化させようとする中国の策謀でもあった。
実際、選挙に向けた中国系の影響工作として、「反高市キャンペーン」がSNSに日本語を駆使して展開されたことが明るみに出た。これらに抗して高市首相が圧勝したのは、尖閣周辺での中国海警船の活動や、第一列島線を越える軍事演習の活発化など、台湾有事への危機意識が国民に広がったことが要因だろう。
また、対中軟化モードにあるトランプ政権の米中接近にも注意を要する。高市首相は3月19日の訪米前に、強い政権基盤をつくった上で日米同盟による対中抑止を確かなものにする必要があり、選挙圧勝により必要条件が整ったと見ることができる。
●対等のライバルは時間軸で動く
さて、高市首相の「存立危機事態」発言を契機に、中国が猛反発して日本叩きを開始したとの報道が多かった。実際には、それ以前から高市氏は「親台湾派」であり、就任後も靖国神社を参拝するのではないかとの警戒感があった。なにより習近平氏には、「4選(2027年)を果たすという時間軸」があり、その目標に向けて内外の「不穏な芽を事前に絶つ」必要があった。日中首脳会談(韓国・慶州)では、高市首相から人権問題で攻め込まれ、翌日には高市首相と台湾のAPEC代表との会談がSNSで流されるなどで不満が蓄積し、存立危機事態発言は猛反発の「引き金」に過ぎなかったと見るべきだ。
他方、釜山の米中首脳会談では、経済・関税戦争が「一時休戦」で合意し、米中G2は対等のライバルとなった。習近平氏と同様、トランプ大統領にも「中間選挙という時間軸」がある。仮に野党の民主党が勝利するなら、これまで大統領権限で強引に遂行してきた政策が議会で否定され、レームダック状態となりうる。したがって、トランプ氏には3月31日の訪中と、その後の8~9月の習近平氏の訪米を経て、米中貿易協定の成果を上げるシナリオを描く。これにより、中間選挙で共和党が有利になるよう持ち込むとの思惑が見える。
他方で、トランプ政権内の対中強硬策を支持する勢力があることも無視できない。トランプ氏は12月17日に、突然、台湾へ111億ドルの武器売却を華々しく表明した。その12日後には、中国軍が台湾周辺の軍事演習でこれに対抗する結果となった。トランプ氏が「対中融和」と「対中強硬」で揺れる状況に拍車をかけるのが、支持率の急落である。今後、中間選挙に向けて、トランプ大統領の対中姿勢が変化を繰り返すことが考えられ要注意である。
●トランプ外交のリスク
トランプ外交の特徴は、「目に見える勝利」「有利な取引」「力の誇示」に見ることができる。「アメリカ第一主義」を掲げるトランプ政権だが、決して一枚岩ではなく、派閥の力関係で対中政策も切り替わるという。
たとえば、伝統的な共和党タカ派である「優位派(primacist)」はグローバルな米国の優位性を追求し、米本土重視の「抑制派(restrainers)」は非介入を基本として、同盟国に分担を要求し、インド太平洋に重点を置く「優先派(prioritizer)」は中国の脅威には前方展開が必要だと主張する。国家安全保障戦略(NSS)と国家防衛戦略(NDS)は、第3の優先派の見解が反映されており、これまで米国が主導してきた「ルールに基づく国際秩序」は幻想であるとして米戦略を明確に転換していることに留意したい。
特にNSSでは、米国が地球を支える「アトラスの役割を担う時代は終焉」し、代わりにモンロー主義への回帰を表明した。米本土のある西半球を重視し、次いでインド太平洋の抑止体制を構築、そして欧州に冷淡な姿勢が表明されている。しかし、この変化によって、台湾防衛に対する疑米論が消えないまま、トランプ外交は安全保障上の一方のリスク変数になっている。
●パワーポリティクスの時代に高市政権が打つ手
米中の軍事力は、2020年の米国の報告書では、海軍艦艇の隻数において293隻対350隻となり、米国優位は崩れたとされる。今後、米国が355隻体制にするのにその造船能力から2050年までかかるのに対し、中国は2030年までに水上艦430隻、潜水艦100隻を整備すると想定されている。
その差を埋めて均衡を保つには、インド太平洋に位置する日豪韓印などの同盟国の力が必要だということは再認識しておく必要がある。トランプ政権は抑制派をも意識し、前線の同盟国に応分の負担を強いており、ある意味、日米同盟はビジネス取引の色彩が濃くなりつつある。
他方、習近平氏は4選の時間軸にあることから、権力維持のためにも国内向けに強さを見せなければならず、外交で後退することは許されない。対外的に強気に出て、先に相手国に手を出させれば、中国に大義名分ができる。高市政権はそれが罠であると心得て、先に発砲するようなことがあってはならない。
日米蜜月を中国に見せつけることも対中抑止に効果的だろう。中間選挙が時間軸のトランプ氏は、目に見える成果を求める。訪米や他の機会を積極的に設けて、米国の経済安保に日本が貢献することや、インド太平洋の最前線で支える同盟国の役割を強調することで「台湾有事は日本有事」を彼の頭に刷り込むことが必要だろう。そして日本を無視するなら対中ディールが失敗することを強調することも忘れてはならない。
【質疑応答】
Q:近年の中国は強引な政権運営に見える。人民解放軍の重要な将軍を次々に粛清してきたが、果たして巷間言われる2027年の台湾侵攻は実行可能なのだろうか。
A:習近平氏が命じたのは、2027年までに侵攻可能な軍事力を整えよということ。したがって、2027年に必ず実行するという意味ではないが、油断禁物であることに変わりはない。
Q:講師が指摘された米中のせめぎあいに対し、高市政権はどのような対応が可能か。
A:安倍政権は中国の戦狼外交に対し、日米豪印による安全保障の枠組みQUAD体制で対抗した。中国による戦狼外交の復活に対し3月の日米首脳会談では、QUADプラスとして有志国を拡大して再定義するなど、多国間で対抗することが有用だろう。肝心のトランプ氏が、多国間協議に後ろ向きという側面があり、高市外交の腕の見せ所である。
Q:これだけ厳しい国際環境の中にあって核の議論が全く進まない、その理由は何か。
A:それは政治意思の欠如にあるのではないか。戦後の教育や報道姿勢など多方面にわたって、核抑止の有用性より核悪玉説が根強く、国民意識に深い影響を及ぼしてきた。タブー視されてきた問題の前には、憲法改正と同様に破らなければならない大きな壁が幾つも存在している。 (文責 国基研)






