読まなくても中身は分かる――。
これは日本のメディア関係者に「保守論壇の記事をどう思うか?」と訊ねたときによく耳にする批判だ。「どうせ結論ありきの分析」と見切られているのだ。
そして米中首脳会談を受けた日本の新聞報道は、まさに「中身を読まなくても分かる」内容だったといわざるを得ない。要するに米中間にどんな合意ができたとしても「アメリカは中国に冷淡だった」という結論に落とし込む目的が最初からあるのだ。日本人の願望に忠実な商業ジャーナリズムが導くべくして導いた結論ともいえるだろう。メディアの現場では、「それは誰も読まない」という価値観が頻繁に正しさの追及を凌駕してしまうものなのだ。
つまり「売れる」記事を書く、言い換えれば読者が読みたい記事を書く体質を持っているという意味だが、日本の現状を見る限り読者はそうは受け止めていない。こうしてメディアと読者がキャッチボールを繰り返すなかで、願望が事実として市民権を得てゆくケースが少なくない。私は、こうした記事に甘やかされた日本人がどんどん国際社会の感覚と乖離していくことに危機感を覚える。本来、一国の安全はむしろ自分たちが望まない結果が生じたときを想定し、その事態に備えるものである。
前置きが長くなったが、その視点で見たとき冨山泰研究員の書いた「中国に『次の手』を打てないオバマ政権」は、中国の変化を正確にとらえようと分析を加えたレポートであり、また読み応えもあった。
ただ、蛇足ながら二つの背景を付け加えさせていただくとすれば、一つは今回の米中首脳会談は米ロ対立が大きく中国の背中を押して実現したものであるという、大きな国際環境の変化の枠のなかで位置づけられるべきではないかということだ。
そしてもう一つは冨山研究員が「『次の手』を打てない」としたオバマ政権についてだが、オバマ政権に選択肢がないのか、それともそもそも対中政策の中に「強い力で中国を抑え込む」という選択肢が元々ないのかという視点だ。
現状、アメリカで嫌中感情が広がっていることは理解できるが、アメリカが中国との対立を選択するとの考え方は現実的ではない。警戒しつつも、長い時間をかけて利害をすり合わせたというのがこの会談の背景だ。ゆえに今年の二月に会談を発表し七カ月もかけて懸案を詰めてきたのだ。これが異例であるのは言うまでもない。本来、この七カ月の過程をつぶさに検証しなければ正確な米中会談の評価は下せないのだ。
紙幅の都合で長く記すことはできないが、『人民日報』は米中がAIIBで「国際金融の枠組みの重要な貢献者となるとの見方で一致した」とも報じた。これが日本のメディアで一行も触れられないのはなぜだろうか。
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