いま日本は国際情報戦の最中にある。近隣諸国から激しい攻撃を受けている。その戦場は東アジアに留まらない。戦域は北米大陸から欧州や豪州に及ぶ。まさにグローバルな戦いである。サイバー戦争と同様、〝専守防衛〟では情報戦に勝てない。
だが、日本政府に与えられた〝武器弾薬〟は少ない。
たとえば現在、世界に「中国大使館はあるが、日本大使館はない国」が39か国もある。大使館員の総数を比較すると、中国は日本の1・5倍ものスタッフを抱えている。加えて、中韓は「官民一体」となって対日攻勢を強めている。
他方、日本国の現状は「官民一体」には程遠い(5月4日付産経朝刊)。政府同様、日本の民間セクターが保有する〝武器弾薬〟も少ない。日本には中国CCTVのような国営テレビもなければ、孔子学院のような宣伝機関もない。そればかりか、本来なら日本の国益を擁護すべき公共放送(NHK)が周辺諸国の代弁者と化している。
自民党は現在「政府全体の情報発信を統括する新組織の設立や在外情報発信の拠点づくりを検討している」(前掲産経)。そうした情報発信力の強化に加え、情報分析力の強化も必要だ。官民一体となって歴史的事実を検証し、効果的に反論していかなければならない。米豪などの各国世論に直接、訴えかける作戦も重要である。
効果的な情報発信と的確な情報分析のベースとなる「情報収集力」の強化も忘れてはならない。当欄で大岩雄次郎教授が指摘されたとおり、日本政府には「情報戦略を総合的に担う組織が存在しない」。「国家安全保障局にも該当組織は見当らない」(「国家安全保障局に情報戦略の専門部署を設置すべし」3月6日付)。
これでは、せっかく創設した国家安全保障会議(日本版NSC)が看板倒れとなりかねない。拙著新刊『日本人が知らない安全保障学』(中公新書ラクレ)でも指摘したが、本家本元の米NSCと、有名なCIA(中央情報局)は一体の関係を成す。人間の身体で言えば、安全保障を立案するNSCは頭脳。その頭脳を首から下で支え、目となり耳となり、情報を収集する手足となるがCIAである。法的にも、NSCとCIAはともに、1947年の国家安全保障法(National Security Act of 1947)を根拠法令として創設された。CIAなくしてNSCなし。名実とも一体の関係にある。だから、上手く機能しているとも言えよう。
他方、日本版NSCには、その目となり耳となり、手足となるべき情報機関がない。日本にはCIAも、英国の秘密情報機関SIS(MI6)に相当する組織もない。
かつて外務省の「対外情報機能強化に関する懇談会」(座長・大森義夫元内閣情報調査室長)が「特殊な対外情報収集活動を行う固有の機関の設置は、政府全体として取り組んでいくべき、今後の重要な検討課題である」と明記した上で、こう報告していた。
「情報機関の長い歴史と経験を有する英国では、秘密情報機関(SIS)を設置し、外務大臣の下におきつつ、固有の活動を行う体制としているが、このような方式はわが国としても参考になる」(平成17年9月13日公表)
それから9年ちかく経過したが、日本版SISはおろか、「特殊な対外情報収集活動を行う固有の機関」はいまだ設置されていない。
安全保障の世界で、自衛隊は「盾」(防衛力)、米軍は「矛」(打撃力)に例えられる。これまで日本は「盾」だけを持ち、「矛」の役割を米国に依存してきた。今後は、自衛隊も一定の打撃力(攻撃力)を持つことが期待されている。
以上の要請は、情報戦においても同じではないだろうか。日本はこれまで〝反戦平和主義〟を堅持し、ひたすら頭を下げ、低姿勢を貫いてきた。本来ならファクト(史実)に基づき反論すべきところを、謝罪外交ならぬ「もう謝った外交」とでも評すべき卑屈な姿勢を続けている。
先ず、政府の外交姿勢を正す。対外発信を強め、事実無根の一方的な主張は打ち砕く。反日プロパガンダを粉砕できる「矛」(攻撃力)を持たねばならない。対外情報収集機関の創設は必須である。「特殊な対外情報収集活動を行う」要員の育成も急務であろう。もはや遅きに失した感すらある。いま始めなければ、間に合わない。
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