公益財団法人 国家基本問題研究所
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国基研ろんだん

2014.08.07 (木) 印刷する

「日本核武装カード」の現実性と二義性 島田洋一(福井県立大学教授)

 北朝鮮問題の解決に当たり、中国共産党政権が最大のガンであり続けている。かつて1980年代末、ハンガリー政府が、東ドイツ国民の自国領通過、西側入りを黙認したことで、ベルリンの壁は事実上意味を失い、東独の命運は定まった。

 中国が脱北者の韓国入りを黙認した瞬間、北朝鮮体制は「出血多量」で死を迎えるだろう。

 ジョージ・W・ブッシュ米大統領は、回顧録で、北の核問題に中国の協力を促すため、2003年1月、江沢民主席に対し、「北の核兵器計画が続くようなら、日本(アジアにおける中国の歴史的ライバル)が独自核開発に乗り出すことを私は止められなくなろう」と語ったと記している(George W. Bush, Decision Points, 2010, p.424)。

 ブッシュの下で国防長官を務めたドナルド・ラムズフェルドも、やはり回顧録中で、「中国はいつか、北朝鮮の脅威に対抗するため日本、韓国あるいは台湾が核兵器開発を決断した時、自らの姿勢を後悔するだろう」と述べている。いずれも、日本核武装を対中牽制カードに、との願望を示唆した発言である(Donald Rumsfeld, Known and Unknown, 2011, p.642)。

 しかし肝心の日本に、核武装に向かう政治的意思は存在しない。中国もその状況は見切っている。従って予見しうる将来、日本核武装カードに十分な対中牽制効果はない。

 ブッシュも、おそらく中国から期待した反応を得られなかったためであろう、先の記述に続けてこう書いている。「2月に、私はさらに一歩踏み込んだ。江に対し、もしわれわれが問題を外交的に解決できない場合、私は北朝鮮に対する武力攻撃も考えざるを得ないと語った」。

 ここで、日本の核武装についていくつかの点を整理しておこう。

 まず、核兵器開発には核爆発実験が不可欠で、広大な砂漠などを持たない日本には物理的に不可能、との主張についてである。これには現実の反証がある。イスラエルは日本以上に国土が狭いが、核爆発実験を一度も行うことなく、200発内外といわれる核兵器を保有している(というのが少なくとも国際社会の「常識」である)。イスラエルに可能なことが、同等以上のテクノロジー大国である日本に不可能とは言えないだろう。

 次に、日本が核武装に乗り出すと、国際社会から厳しい制裁を受け、孤立・自滅の道を歩む他ないとの主張についてである。これにも現実の反証がある。

 国際社会は、2008年9月の原子力供給国グループ(NSG)臨時総会、続いて国際原子力機関(IAEA)理事会において、核兵器拡散防止条約(NPT)に加入せず独自核武装を進めてきたインドを、例外的存在として受け入れることを決めた。

 すなわち、インドが保有する原子炉中、民生用のみをIAEAの監視・査察下に置く、どの原子炉が民生用かはインドの自己申告に拠るとする内容であり、事実上、軍事用原子炉の別途保有を黙認したものであった。

 決定に当たっては、インドが自国外に核を流出させたことがないという実績が積極的に評価された(この点、A.Q.カーン博士ネットワークを通じて、核を北朝鮮、イラン、リビアなどに拡散させた「重罪の前科」を持つパキスタンは―中国の援護主張にも拘わらず―例外化を認められなかった)。

 日本の場合も、仮に核武装に乗り出した場合、国外へ核兵器関連物資・テクノロジーを拡散させない限り国際社会からインドと同等の扱いを受ける、と考えておかしい理由はない。

 以上を踏まえた上で、改めて日本核武装の現実性を考えると、やはり予見しうる将来、国内情勢がそれを許さないという事情に変わりはない。

 中共政権を牽制する現実的手法としては、先にこの「ろんだん」で論じたとおり、通常弾頭による敵基地攻撃力の整備が本筋であり、より現実的でもあろう。そして、それすら踏み出せないというのが、中国を有効に牽制できない最大の理由である。

 下記を参照頂きたい。

情報戦としての策源地攻撃力整備 島田洋一