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2017.01.24 (火) 印刷する

大使召還は効果あり。富坂氏への反論に代えて 西岡力(東京基督教大学教授)

 私は昨年10月、本研究所理事で明星大学特別教授の髙橋史朗氏らと「歴史認識問題研究会」を発足させた。「歴史認識問題」とは、単純に他国とわが国の歴史認識が異なっていることではない。そのようなことは多くの近隣国同士で起きる通常の現象だ。むしろ、国や民族が異なるからこそ歴史認識が異なるのだ。同じになることはあり得ない。したがって、歴史認識が異なることそれ自体は「解決すべき課題」ではない。
 それでは、今わが国が直面する「歴史認識問題」とは何か。中国共産党と韓国政府によるわが国の歴史認識に対する内政干渉を指すと私は考えている。それは、1982年の第1次教科書問題を嚆矢とし、1985年の中曽根康弘首相の靖国神社参拝への中国の干渉、1992年の宮澤喜一首相訪韓をはさんで外交問題化した慰安婦問題により本格化した。
 本来なら、戦争や植民地支配などの清算は条約と協定によってなされる。それが済めば互いに国家主権を尊重し合い、内政不干渉の原則を守る。それが近代国家だ。

 ●歴史認識問題と外務省の責任
 それでは、歴史認識問題はなぜ、どのように発生したのか。一言で言うと、日本の反日勢力と外務省がゴールポストを安易に近づけたことが元凶だった。私は歴史認識問題には大きく4つの拡大過程があり、それぞれ以下のように分析している。
 第1に日本国内の反日マスコミ・学者・運動家が事実に反する日本非難キャンペーンを行ない、第2にそれを中国と韓国両政府が正式な外交問題にして内政干渉的な要求を突きつけ、第3に外務省がその不当な要求に対して事実に踏み込んだ反論をせず、まず謝罪して道義的責任を認め、人道支援の名目で、すでに条約・協定で解決済みである補償を再び中途半端な形で実施し、第4に国際社会で日本の反日活動家と中韓政府・活動家が虚偽の日本非難を拡散してきた。その結果、わが国と先人の名誉が著しく傷つけられ、在外邦人子弟が迫害を受けるという実害も発生している。
 宮家邦彦氏に代表される外務省系の外交専門家は、歴史認識問題に関する外務省の責任を回避するため、相手がゴールポストを遠くに動かしているから問題が解決しないと主張する。しかし、上記4過程のうち、第1と第3は日本国内で起きていることであり、第4の半分も日本人が担っている。外務省が第1の反日キャンペーンに対して事実関係に踏み込んだ明確な反論をしてこなかったことが、ゴールポストを下げた効果を生み、相手国政府に日本を動かすには外交に歴史を使えばよいと思わせたのだ。

 ●悪しき流れ断ち切る対韓措置
 1月11日付で本欄に寄稿された富坂聰氏の議論も、大きく見て宮家氏らの流れに乗るものだと私には見える。外交の戦略目標に、不当な内政干渉の排除、国の名誉と主権を守ることが入るのは日本ならずとも独立国家として当然の責務である。外務省がそこから逃げて来たことが、世界で反日勢力が跋扈してきた最大の原因だ。それは中国共産党の対日外交戦略にも沿うものだった。今回の安倍晋三政権による駐韓大使らの一時帰国をはじめとする対韓措置はその流れを断ちきるものとして高く評価できる。
 当該国政府は大使館や総領事館の威厳を守る義務がある。ウィーン条約にそれは明記されている。1月13日付の本欄拙文でも書いたが、2015年12月の日韓合意で韓国の尹炳世外相は、「韓国政府は、日本政府が在韓国日本大使館前の少女像に対し、公館の安寧・威厳の維持の観点から懸念していることを認知し、韓国政府としても、可能な対応方向について関連団体との協議を行う等を通じて、適切に解決されるよう努力する」と明言した。
 しかし、釜山の日本総領事館前に慰安婦像を不法に設置した左派団体に対して韓国政府は一度も協議の申し入れをしていない。安倍政権は、少なくとも尹外相が釜山に行って関係団体と協議するまでは、今回の措置を続けるべきだ。

 ●自己主張を契機に肯定的変化も
 最後に、富坂氏の韓国情勢予測の誤りを指摘しておきたい。氏は「日本が強いカードを切っても日本が望む変化が韓国に起きる可能性は極めて低い。それどころか与党の政権運営はさらに迷走し反朴勢力を逆に勢いづかせかねない」と書いたが、以下に紹介するように、実際は韓国の有力紙がウィーン条約を根拠に慰安婦像を移転すべきだという日本側の主張を紹介し、保守運動体は像撤去を求める声明を出した。
 「外国の忌避施設をその国の公館の前に設置することに対する疑問は韓国内にもある。国際協約は『相手国の公館の安寧と品位を守る責務』を規定している」(朝鮮日報1月10日社説)
 「日本大使館前の少女像に対して『関連団体との協議を通じて適切に解決するように努力する』と明らかにした韓国政府はその後、どのような努力をしたのか振り返る必要がある。ウィーン条約第22条は『相手国の公館の安寧と品位を守る責務』を規定していて、大使館と総領事館の前の少女像設置が論難の余地があるのも事実だ」(東亜日報1月10日社説)
 「釜山の日本総領事館の前に『慰安婦少女像』を再設置したことは韓日間合意精神に背くだけでなく何よりも不法行為だ。文明国家としての国の格を守るためにも法の通りしなければならない。 政府は『慰安婦少女像』を撤去して韓米日同盟関係を修復しなければならない」(国民行動本部1月7日声明)
 日本が自己主張をすることで、韓国人にウィーン条約を破っている自国の在り方がおかしいと考える契機を与えることになった。これらの変化は日本の措置が生み出した肯定的変化だ。