公益財団法人 国家基本問題研究所
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国基研ろんだん

2018.09.12 (水) 印刷する

全道停電は泊原発の停止も一因 奈良林直(東京工業大学特任教授)

 9月6日午前3時8分、北海道南部の胆振地方を震源とする最大深度7の地震が発生し、道全域の295万戸で電力供給が止まる、いわゆるブラックアウトが起こった。
 震源地に近く、道内電力の約50%を供給していた苫東厚真火力発電所(総出力165万kW)が運転停止したため、ドミノ倒しのように全道の火力発電所、水力発電所が送電系統から切り離され、本州からの海底ケーブル(北本連系線)での受電も停止した。
 影響は行政、病院、乳業、鉄道・航空、農作物・乳製品の出荷や百貨店・スーパー・コンビニへの物流など広範囲に及んだ。行政や病院は非常電源を備えている施設が多いが、それでも燃料には限りがあり、機能は大幅に制限を余儀なくされた。
 今回の地震では40人以上の命が奪われたが、ブラックアウトにより医療体制も深刻な危機状態に追い込まれた。0歳女児の酸素呼吸器が停止して重体に陥ったケースもあった。

 ●原発止めるリスクの大きさ
 結論から先に言えば、現在も運転休止状態に置かれている泊原発が稼働していたならば、こうした事態は避けられた可能性が大きい。人の命に係わるブラックアウトを招いたのは、何の法的根拠もなしに原発の運転を停止させ、再稼働させないようにしている規制ではないのか。言い換えるなら、今回の事態は自然災害というより、人災といえるのではないのか。
 安定電源である原発を「止めているリスク」は大きい。クリーンエネルギーだと人気の太陽光、風力発電は、出力が不安定な電源であるばかりか、火力や原子力、水力などの安定電源がないと送電網に接続すらできない。北本連系線による本州からの直流送電も、道内の発電所が動いていないと交流に変換できない。
 送電網について素人集団の原子力規制委員会は、このようなこともご存じないらしい。真冬の北海道で同じ事態が起きていたら、それこそ何万人もが凍死する事態になっていたであろう。こうした大停電のリスクについて筆者は、2016年10月28日付「ろんだん」や櫻井よしこ氏との共著『それでも原発が必要な理由わけ』(ワック)の280ページで警告している。その記載どおりのことが起こった。

 ●地震に強い原発の特性認識を
 耐震機能を徹底的に施した原発に比べ、火力発電所は地震に弱い。ボイラーの伝熱管群は、熱膨張を避けるために垂直に数十メートルの長さがある。しかも上部で吊っているので、今回のように直下型の縦揺れにはとりわけ弱い。運転中は高温高圧になった伝熱管群が数十センチも下方向に伸びて来るので、垂直方向には固定できない。
 被災した苫東厚真発電所では、1、2号機でボイラーの伝熱管が損傷して高温高圧の蒸気が吹き出した。4号機はタービンで火災が発生し、すぐに鎮火されたものの、復旧には分解点検が必要で、修復には約1カ月かかると報じられている。
 一方、原発の燃料集合体は厚さ約20センチもある鋼鉄製の原子炉容器に収納されている。接続される配管も太く、堅牢だ。最新の補強工事が徹底的に施され、地震には非常に強い。ソーラーパネルは台風で飛散し、風力発電所も各地で倒壊が報じられている。現時点で原発は、各電源のなかで最も頑健といっていい。いまや原発の安全性は、東日本大震災前とは比較にならない程、高まっているのだ。
 今回の地震は泊村で震度2。原発の揺れは、1、3号機が6ガル、2号機で7ガルに過ぎなかった。原発は数百ガル(ガルは加速度の単位で、1ガルは1秒間に秒速1センチの加速)の強い地震にも耐えうるように設計されている。
 「今回の地震では震度2でも外部電源を失った」と報じたメディアもあるが、外部電源が途絶えたのはブラックアウトによるもので耐震性の問題ではない。それも非常用電源が直ちに立ち上がっており、安全性に問題はなかった。いたずらに原発の不安をあおるような報道には問題がある。
 泊原発が全基稼働していれば、苫東厚真は、夜間は待機状態で済んだ。一番安全審査が進んでいる泊3号機(91.2万kW)1基だけでも稼働していたら、大規模な停電に至らなかった可能性が高い。

 ●神学論争続く規制委の審査
 北海道電力が苫東厚真火力発電所の依存度を高めていたのは、泊原発の安全審査が長引き、未だに再稼働に至っていないことが背景にある。2013年7月の新規制基準施行時に、適合性審査を申請した10基はいずれも加圧水型(PWR)であるが、泊1~3号機だけが再稼働の前提となる「合格」に至っていない。
 審査のヤマ場とされる基準地震動評価が「概ね了」とされた後に、事実上の「振り出し」に戻るなど、異例の経過を辿り、敷地内断層が活断層でないことの証明や防潮堤の下の液状化などの指摘が新に加わり年代判定の火山灰が少ないとか地質データが足りないとか、2年以上の堂々巡りの神学論争が続いている。大規模停電はそのようなさなかに発生した。
 原子力規制委員会の設置を定めている「原子力基本法」は第2条2項で、「安全の確保については、確立された国際的な基準を踏まえ、国民の生命、健康及び財産の保護、環境の保全並びに我が国の安全保障に資することを目的として、行うものとする。」と定めている。前述の神学論争は、「確立された国際的基準」とは言いがたい。
 原発を止めている間の膨大な化石燃料購入費は国民が電気代に上乗せして負担している。この国民の損害はすでに約20兆円に達している。原発を止めることにより、今回のような大停電で「国民の生命、健康及び財産の保護」ができないとなれば、原子力規制委員会が原子力基本法違反に問われてもやむを得ないのではないか。
 欧米では安全対策は原発を運転させながら審査をしている。原発を無闇に止めさせないのは米国原子力規制委員会(NRC)の鉄則でもある。国際原子力機関(IAEA)からも規制評価サービス報告書で、原子力規制委員会に対し、厳しい指摘を多数受けている。
 ガラパゴス規制はいい加減にしてほしい。この全道大停電の人的・経済的大損失の責任は原子力規制委員会と政府が負わなければならない。規制委は、審査の遅れで顕在化したリスクを直視し、あらためて審査を加速していく必要がある。