公益財団法人 国家基本問題研究所
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国基研ろんだん

2018.10.30 (火) 印刷する

日中通貨スワップの意味を考える 大岩雄次郎(東京国際大学教授)

 安倍晋三首相は10月26日、北京で習近平国家主席、李克強首相と相次いで会談し、日本円と人民元を互いに融通する「通貨交換(スワップ)協定」の再開など金融面の連携強化でも合意した。だが、通貨スワップ協定の評価には、一部にミスリードが見られる。今回の協定は、事前に報じられていた通貨防衛のための通貨スワップではなく、為替スワップである。
 日銀は「中国人民銀行との為替スワップ取極締結」としている。外務省HPにも、経済分野の協力として「通貨スワップ協定(注:互いの通貨が不足した日中の金融機関に対して,同通貨を供給するためのもの)の締結・発効」とある。基本的には民間金融機関に対しての資金供給であり、通貨危機の際に、通貨当局が為替スワップで通貨を引き出して通貨防衛に使うといったものではない。
 現地の金融機関から現地通貨(人民元)を借りている邦銀の海外支店は、金融危機やシステムトラブルなどで市場が混乱すると調達が困難になり、現地の日本企業に貸し出しができなくなる恐れがある。中国以外の政府・企業などが中国本土で人民元建てで発行する、いわゆるパンダ債の拡大で、今後この種のリスクは高まることも予想される。この意味で、日本側のメリットは大きいと言える。

 ●危うい中国市場へののめり込み
 今回合意したスワップの規模は前回協定(2002~13年)の10倍にあたる3.4兆円だが、ドル換算でも中国の通貨防衛には〝焼け石に水〟程度にすぎない。一部報道で「自国通貨の買い支えのための外貨確保手段」と指摘されているが、為替スワップの解釈として無理がある。一方、中国政府による恣意的な通貨政策のリスクに対応できるという意味でも、日本側のメリットは大きい。
 しかし、経済的にも政治的にも、リスクの高い中国市場にのめり込む日本政府及び企業の姿勢は、極めて危ういと言わざるを得ない。日中首脳会談に合わせ北京で開かれた「日中第3国市場協力フォーラム」には、海外のイベントとしては異例ともいえる500人規模の日本企業・日本企業トップらが参加した。
 日中の政府系機関や民間企業が、アジアなど新興国でのインフラ投資を共同展開するための52件の協力文書を取り交わしたが、案件には中国が掲げる産業近代化計画「中国製造2025」や広域経済圏構想「一帯一路」の分野が目立つ。
 今回の安倍首相訪中では、技術革新や知的財産権など産業政策を協議する閣僚レベルの「日中産業相対話」の創設も決まった。中国が影響を強める第3国での商機を狙うが、現状で中国への過度の肩入れは米国や欧州との信頼関係を揺るがしかねない。

 ●対中で必須な米欧との関係強化
 安倍首相は、中国側と「競争から協調へ」「脅威ではなくパートナー」「自由で公正な貿易体制の発展」の「新3原則」を確認したと強調している。だがこれは、2008年5月に当時の胡錦濤主席と福田康夫首相が交わした「戦略的互恵関係の包括的推進に関する日中共同声明」の内容と何ら変わるところはない。
 この共同声明に沿った協力関係も、2010年9月の中国漁船衝突事件や12年9月の尖閣諸島国有化などにより頓挫している。その時々の事情でしたたかに日本を取り込もうとする中国の姿勢は基本的には変わっていない。首脳会談前夜の25日、日中平和友好条約締結40周年の記念レセプションであいさつした李克強首相は、改めて日本の戦争責任について言及したことも、そのことを如実に示している。
 今回の日中首脳会談の成果として強調される経済関係の強化は、誰の目から見ても「米中貿易戦争」がもたらした両者の同床異夢であるのは明らかだ。政治問題を棚上げしたままでの経済関係の改善は、極めて不安定であるのは幾度も経験済みである。対中関係を有利に進めるには、日米欧の民主主義勢力の緊密な連携強化を図ることが必須だ。
 そのためにも、日米を主体とするインド太平洋地域の「インフラ基金」の創設は有力な手段となる。基金については、10月9日付「ろんだん」で、冨山泰氏も「日米で『一帯一路』に代わる新基金創設を」と題して書いている。民主主義勢力による中国の封じ込めこそ、自由で公正な経済発展の基盤である。