公益財団法人 国家基本問題研究所
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国基研ろんだん

2019.08.19 (月) 印刷する

香港で第2の六四天安門事件は起こるか(下) 平野聡(東京大学教授)

 香港の人々が近年掲げる独自の「人文価値」の論理が、西側世界とつながる一方、北京の方を向いていないことが徐々に大陸側で知られるにつれ、北京は普段中国共産党の厳格なイデオロギーの下で「祖国の統一」を信じる立場から、チベットや新疆、そして台湾の人々を「分裂主義者」と非難するのと同じく、香港の人々に対しても全く相容れない感情を強めつつあると思われる。

 ●政権批判に転じることへの恐れ
 そしてもし、米英をはじめ西側諸国の圧力で香港「分裂主義」の活動を引き続き放任するとなれば、批判の矛先は必ず習近平政権に向かう。それは、極端な中国ナショナリズムの名において、中国共産党が正統性を失うという事態でもある。
 だからこそ、中国国務院香港マカオ辦公室は既に今回の事態を「暴乱」と位置づけ、香港の人々に対し「中央政府と全国人民の、香港の社会と法治を守り安定と繁栄を維持する強大な正義の力を甘く見るな。詰まるところ、香港の前途と命運は香港同胞を含む全ての中国人民の手中に握られている」と強調する。
 そして、事の原因は、香港の青年における愛国主義教育の不足にあると主張し、デモや暴力を伴う衝突に参加した青年は、今からでも遅くないので(特別行政区基本法に基づく、中国式の)法治と秩序の道に戻るべきと説いている(公式HP掲載・8月6日のスポークスマン発言)。
 『環球時報』に至っては、自らの記者が殴打された事件もあって、ますます香港の人々や米国・西側への糾弾の限りを尽くし、「30年前と比べて中国はより強大かつ成熟した。香港はごく小さな社会であり、反対派の活動はもはや国家の意志に対抗できない。香港問題はもはや1989年の再現にはなり得ない」と説く。(8月15日社説。翌16日の社説では、新疆における強制収容所体制を賛美している)

 ●力ずくの鎮圧隠そうとせず
 したがって、北京の捉え方では、既に事は「反革命暴乱」の範疇として処理されつつある。六四事件のときも、まず民主化運動が高揚した段階で、それを「反革命暴乱」とみなす鄧小平・李鵬らの動きがあり、地方から人民解放軍が集められるという段階があったし、今般の場合、中国側は、既に深圳に武装警察が大挙集結していることを隠そうともしない。
 そこであとは、鎮圧を契機に中国が制裁に直面しても十分耐えられるか否か、速やかに鎮圧した場合と引き延ばした場合のそれぞれで中国国内の世論がどうなるかを見極めている段階であるのかも知れない。
 しかも今年10月1日の国慶節は、中華人民共和国建国70周年の節目でもある。このような慶事の節目で、引き続き香港が混乱した状態であるのを北京は座視するのだろうか。仮に今回の事態において当面の妥協が成立するとしても、「五十年不変」が終わる2047年までの間に、既に蒔かれた香港の独自性や自立をめぐる主張が再燃し、その都度北京との間に緊張が繰り返されることは明らかである。恐らく香港の側の運動も、高度自治の下では彼らの目標を取り下げることはない。

 ●遅くとも9月中に何らかの動き
 以上を勘案すれば、当面遅くとも9月中に何らかの動きがあるものと筆者は考える。
 香港が開かれた自由な社会であることを尊ぶ筆者としては極めて遺憾ながら、過去数十年にわたる「国家の統一」「社会の安定」をめぐる北京の手法の一貫性と厳格さに鑑みれば、香港問題は悲劇的な過程を経ざるを得ない。
 しかもそれは『環球時報』が暗示する如く、六四事件と同じではない。むしろ、ITを駆使した厳格な社会管理や新疆の強制収容所体制を見れば明らかな通り、より短時間のうちに大規模な人権の危機を伴う可能性があるという点で、六四事件よりもはるかに深刻なものになりうる。
 このことは、中国語でいうところの「你死我活的闘争(生きるか死ぬかの闘争)」モデルで中国共産党が国家統一問題を長年処理してきたことの不幸な結果であり、過去40年にわたる改革開放が結局のところ中国と西側諸国との同床異夢の産物であったことの結果でもある。

 
香港で第2の六四天安門事件は起こるか(上)
香港で第2の六四天安門事件は起こるか(中)
香港で第2の六四天安門事件は起こるか(下)