「頭がおかしくなったのではないか」。平壌の党、軍、経済部署の最高幹部らが最近の金正恩の言動に対して、こうささやき合っているという。
1月上旬、5年ぶりに朝鮮労働党の党大会が開かれ、昨年に終わった北朝鮮の経済五カ年計画は、目標に達しなかったと総括した。経済責任者を入れ替え、現実的な目標設定を命じて新たな経済計画を決めた。
ところが金正恩は、それから1カ月しか経っていない2月8日から4日間、党中央委員会総会を開き、うち3日間にわたって今年の経済目標がだめだと怒気を込めた演説をし、党大会で新任したばかりの党書記兼経済部長を更迭した。
演説で金正恩は次のように述べている。
「人民経済計画は党の指令であり、国家の法であるだけに、いったん立てられた人民経済計画に対しては誰も駆け引きする権利がなく、もっぱら無条件に遂行する義務しかない」「法律執行部門で今年、人民経済計画を法的に強力に手抜かりなく保証することを中核的な課題に掲げて、徹底的に実行していく」
つまり、金正恩は法律執行部門、すなわち一般警察の社会安全省と政治警察の国家保衛省などを使って、権力によって経済計画を実現させると宣言したのである。これは計画未達成であれば、幹部らを捕まえて処罰するということだ。
「経済崩壊は特殊機関のせい」
しかし、こうしたやり方で経済正常化など実現できるはずがない。いずれ大規模な経済幹部粛清がなされるはずだ。
中央委総会に参加した幹部らは親しい者同士で、「電気もない、資材もない、食料もない、外貨もない、人民の忠誠心もない、全てがないのに、どうしろというのか。改革開放をしないで、どうして食べていけるのか」と言い合っていたという。
ところが、この総会後、金正恩は幹部らを集めた席で「特殊機関のせいで経済がおかしくなっている」と叱りつけたという。ここで言う特殊機関とは、金正日が1970年代に内閣が主導する計画経済の外に作った経済部門を指す。
軍需産業部門を内閣から切り分けて第二経済委員会という特殊機関を作り、そこが独自に外貨を稼いで軍需産業を動かすシステムである。その外に、党39号室というもう一つの特殊機関を作り、金正日・金正恩親子が自由に使える外貨を管理させた。この二つの機関が鉄鉱石、金、石炭、水産物、松茸など外貨に結びつく資源の取り扱い権限を内閣から奪い、自分たちで外貨稼ぎを行ってきた。
また、90年代後半以降、経済困窮が深刻化すると、国家保衛省(政治警察)、党工作機関には自分たちで稼いで要員を食わせ活動費を捻出せよと命令が下る。また、人民軍各軍団にも自分で稼いで兵士を食わせろと言う指令が出る。そのたびに内閣の管理する計画経済からは外貨を稼げる部門が奪われていった。
対北制裁は効いている
その意味で、特殊機関が内閣中心の改革経済を崩壊させたという金正恩の認識は正しい。だが、そうさせてきたのが、これまでの独裁体制そのものだったのだから、自分が行ってきたことを、今になって経済崩壊の元凶だと叱りつけていることになる。それで、事情を知る最高幹部らは「この男、頭がおかしくなったのか」と疑っているのだ。
安倍晋三政権がトランプ米政権とともに2018年から実施してきた北朝鮮の外貨を枯渇させる制裁は、かつてない効果を挙げている。菅義偉首相はそのことを正確に理解した上で、北朝鮮に対し、「制裁の解除、経済支援が欲しいなら、拉致被害者を返すための日朝首脳会談に応じよ」というメッセージを送り続けている。
内部矛盾の高まりを受け、金正恩が日朝首脳会談を決断する可能性は十分ある。だからこそ北朝鮮には圧力を背景に交渉するという現在の姿勢は崩してならない。全拉致被害者の一括帰国の実現なしに制裁を緩めることなど絶対にありえない。