オーストラリア連邦政府は、ビクトリア州が中国と結んでいた巨大経済圏構想「一帯一路」に関する協定を破棄すると発表した。「一帯一路」に基づく協定は、スリランカ、カンボジアなどの発展途上国、およびインフラストラクチャへの資金提供を切望している多くのアフリカやラテンアメリカの諸国との間で交わされているが、「債務の罠」とも言われ、豪政府は、近年、中国共産党の浸透に対して厳しい方針を取っている。
ビクトリア州政府と中国の秘密の取引は、中国共産党が西側社会の民主主義を弱体化させるために、いかにしてネオマルクス主義という政治イデオロギーを浸透させようとしているかを示すうえで興味深い。
ビクトリア州の事例はまた、中国共産党が米国とオーストラリアなど伝統的な同盟関係を分断しようとしているもので、それは本質的に、中国が日頃から実施しているあらゆる制約や境界を超えて手段を駆使する軍事戦略「超限戦」(Unrestricted Warfare)の一環である。
「親中」隠さぬ州政府首相
オーストラリアは1901年に英国から独立し、6つの植民地が新しい憲法の下で合併して、一つの国を形成した。新しい国はカナダと同じように州の連邦であり、オーストラリア憲法は州に重要な法的権限を与えている。しかし、外交権は常に連邦政府に属している。にもかかわらず、多くのオーストラリアの州は外国で独自に貿易促進のための事務所を運営している。例えば、東京の内幸町には、日本との貿易を促進するビクトリア州政府の駐在員事務所がある。
オーストラリアでは、州の首相は日本の都道府県知事よりもはるかに大きな知名度と政治力を有している。しかし、その政治力は純粋に国内に限定され、とりわけ徴税に関しては、連邦政府が圧倒的な力を持っている。
オーストラリアの州は所得税を課すことができず、州債の発行も連邦政府によって管理されている。これは賢明な取り決めだが、もちろん州の首相は不満だ。こうした事情は、近年、突然中国が中国領事館などを通じてオーストラリアの州政府との友好関係を築き始めた背景にもなっている。
ビクトリア州では、オーストラリア労働党が2015年以来、与党の座にある。首相は、大学で毛沢東思想を学んだ左翼指導者のダニエル・アンドリュース氏だ。彼は非常に熟練した政治家であり、2020年の新型コロナのパンデミックが発生した際に多くの過ちを犯したにもかかわらず、人気を維持した。米民主党の一部指導者のように、彼のネオマルクス主義イデオロギーは、すべての政策の基礎となっている。
ビクトリア州の職場では、間もなく性別で分けないトイレの設置が義務付けられる。男性用と女性用に別々のトイレを設置することは誤りとする考えに基づくようだが、州都メルボルン市民のほとんどは常軌を逸した政策だと感じている。
大学でも強まる中国依存
しかし、中国との一帯一路協定により、ビクトリア州民の多くがアンドリュース首相の本当の動機に疑問を呈し始めた。
2018年10月、アンドリュース首相はビクトリア州が一帯一路のプログラムに参加するための中国との覚書に署名し、一年後の2019年には「枠組み契約」に署名した。この2番目の合意の条件は公表されなかったが、これにより中国企業は、一帯一路の旗印の下、高速道路、トンネル、鉄道プロジェクトなど、メルボルン市のインフラプロジェクトに参加することが可能になった。
ビクトリア州政府の内閣でさえ合意承認の機会がないまま、アンドリュース首相だけが州を代表して署名した。2019年当時は連邦政府が自由国民党の保守政権であったため、アンドリュース首相は当然のように連邦政府に相談しなかった。彼はあたかも独立した主権国家の指導者であるかのように振る舞った。
さまざまなスパイ事件や人権侵害、南シナ海の不法占領により、中国の評判は急速に悪化したが、アンドリュース首相は一帯一路協定の廃止を拒否し、協定の条件は完全に秘密とされた。多くの人々から疑問の声が上がる中、彼はそれがメルボルン市のより良い道路と鉄道建設に貢献するだろうと主張した。
彼はなぜそこまで頑なだったのか? なぜ中国共産党をビクトリア州に呼び込むことを許したのか? なぜ中国共産党の邪悪な性格を認めようとしないのか?
この間、オーストラリアの情報機関は、オーストラリアの大学と中国の大学との間で交わされた多くの不透明な合意を発見した。これらの大学は中国留学生からの収入に依存していたことから、中国政府は密かに大学に共同研究を受け入れるよう圧力をかけた。研究の多くは軍事目的だった。
衝撃的な秘密合意の内容
連邦政府は最終的に、州政府、大学、および外国政府間の合意を調査し直し、取り消せる法的権限を与える新法をまとめた。2020年12月に可決された「外交関係法」によれば、ビクトリア州政府はオーストラリア外務省に秘密合意の内容を明らかにする義務が生じた。
中国との覚書や秘密の枠組み合意でビクトリア州政府は、以下のような衝撃的な内容の約束をしていた。
1.「デジタルシルクロード協力」を含む、中国との共通の未来の構築を促進する。
2.中国との政策と計画の間の収斂を求める。
3.対話と共同研究、知識共有などを実施する。
「デジタルシルクロード」とは、中国共産党がオーストラリアをスパイできるように、ファーウェイ(華為技術)の技術を通信システム内に配置するということだ。「中国との政策と計画の間の収斂を求める」とは、北京の命令に従うということであり、「共同研究と知識共有」とは、中国共産党に軍事用途の価値がある大学の研究開発に対してアクセスする許可を与えるということである。
要するに、連邦政府から経済的に独立するために、ビクトリア州は中国に隷属することを約束したわけである。
協定が取り消されなかったとしたら、ビクトリア州はオーストラリア憲法の枠組みの外で中国に巨額の債務を負っていたことだろう。中国共産党のエージェントはメルボルンのすべての大学にいる。オーストラリアで2番目に大きい州は北京によって効果的に管理されるところだった。疑いの余地なく、この合意はオーストラリアの国益に反するものであり、取り消されたのは当然だった。
ビクトリア州とイラン、シリアの間の他の協定も取り消された。中国、イラン、シリアは悪の枢軸である。北朝鮮がビクトリア州労働党政府と協定を結んでいないのは、むしろ驚くべきことかもしれない。
ビクトリア州の人々は今、アンドリュース首相の裏切りにひどく腹を立てている。しかし、オーストラリアや他の国々の左翼政治家の間では、アジア太平洋地域でのアメリカや日本との覇権争いに勝つのは中国だと信じられている。だからこそ、将来を考えれば中国共産党の友人である方が良いと考えているのだろう。
狙いは途上国だけではない
中国共産党にとっても、こうした戦略は新しいものではない。 1950年代から1960年代にかけて毛沢東と周恩来は、とりわけアフリカ、アジア、ラテンアメリカで、中国共産党の統一戦線部門を使った影響力の拡大に努めてきた。
1980年代に鄧小平が権力を握ったとき、私たちは皆、中国によるこの種の浸透工作が終わったと思っていたが、完全に間違っていた。中国の大統領である習近平国家主席は、再びその試みを始めている。
ビクトリア州のケースは、まさに2021年の毛沢東主義戦略に他ならない。中国との最終的な対決が近づくにつれ、中国共産党が標的にしているのは発展途上国だけではなく、西側先進諸国も同じだということが明らかになってきた。
これは今アメリカに向けても行われていることだ。オーストラリアと日本はそのアメリカに安全保障を依存しており、大きなリスクに晒されている。これは幻想ではない。緊急に問われるべきは、はたして日本は、この中国共産党の戦略の例外なのかということである。