公益財団法人 国家基本問題研究所
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国基研ろんだん

2022.04.19 (火) 印刷する

軍事的常識を欠くウクライナ戦報道 太田文雄(元防衛庁情報本部長)

連日のようにウクライナ戦争において報道各社が報じ、コメンテーターが論評するのを聞いていて、軍事的常識の欠落を感じる。コメンテーターの多くは、ロシアやウクライナ・欧州の地域研究者であって、必ずしも軍事的な専門知識があるようには見えない。またNHK等の報道各社も、軍事的に見れば非常識である用語を平気で使用していることには驚かされる。これらは、戦後一貫して軍事問題を忌避し続けてきた日本社会の縮図とも言えるのではないか。

侵略「ありえず」とした識者

多くの地域研究者は、今回のロシアによるウクライナ侵略を予測できなかった。唯一、東京大学先端科学技術研究センター専任講師の小泉悠氏だけは、侵略前のロシア軍が占領・統治後に必要となる鉄条網といった器材まで準備している点を指摘し、ロシアのウクライナ軍事侵略の可能性を五分五分としていた。

他の地域研究者は、某有名私立大学の女性教授をはじめとして「ロシアのウクライナ軍事侵略は合理性がなく、あり得ない」と予測していた。欧州連合(EU)を専門分野とし、彼女よりも現状をよりリアリスティックに分析している別の女性大学教授ですら、巡洋艦モスクワを巡洋船と言う始末である。

さらに、防衛研究所の所員も多くコメンテーターとしてテレビ番組に出演しているが、彼らは机上の研究・分析に長けているものの部隊運用の経験がないので、部隊指揮官の心理状況といった視点では、物足りなさを感じる。

常識なき議論は相手にされず

NHKを始めとするテレビ放送では、明らかに軍事用語としては不適切な使用も散見された。

例えば、アゾフ大隊の指揮官を司令官と呼称していることである。ウクライナ語のКомандир、英語のCommanding Officerを訳したものと思われるが、大隊レベルの指揮官は通常「隊長」と呼称し、司令官と言う呼称はインド太平洋軍司令官のように、極めて広域な軍事担当区域に任じられる中将レベル以上でなければ使用しない。

こうした事実は、戦後一貫して軍事に関する教育を一切してこなかった日本の社会現象に起因しているのではないか。

筆者は米国で西岸のスタンフォード大学と東岸のジョンズ・ホプキンズ大学に在籍していたが、スタンフォード大学では学部で核のコースがあり、担当教授から日本の核アレルギーについて発表するよう求められたことがある。ジョンズ・ホプキンズ大学高等国際問題研究大学院では南北戦争の戦績巡りやノーフォーク海軍基地での軍艦研修があった。

日本国内での討論では単なる間違いで済むであろうが、国際社会で軍事常識なき議論は、笑われるだけで相手にされないばかりか予測を見誤るのだ。