5年ぶりの韓国保守政権が日韓関係を好転させるかどうかは、実は韓国の国内政治にかかっている。
華やかな大統領就任式で「自由民主主義の韓国を再建する」と演説した尹錫悦氏だが、尹氏の就任時支持率は異様に低い。各種世論調査で最低は41%、高くて50%台前半。歴代政権のスタート時に比べ約30ポイントも低い。韓国は文在寅前政権で左派勢力がさらに根深く社会に浸潤した。尹政権にとって、いわゆる慰安婦や徴用工の問題で反日世論を再生産してきた文在寅一派との戦いはまだ終わっていない。そしてなにより「左派は負けたとは思っていない」(韓国人ジャーナリスト)のだ。
不明確な新政権の対日政策
尹大統領は文在寅氏の対日政策を「古びた反日扇動」と鋭く指摘、反日を政治利用したと批判してきた。ロシアのウクライナ侵攻で世界情勢が激変するなか、文外交を「国際社会の巨大な変化に対応できなかった」と指弾した。
尹氏が大統領選勝利後に行った電話首脳会談は米国、日本、中国の順で、就任直前の政策協議団の派遣は米国、日本の順だったが、中国には送らなかった。来日した政策協議団を日本側は全面協力で厚遇した。だが、政策協議団との面談から日本側には徐々に慎重な見方が出始めた。協議団は関係改善について「韓日で行動すべきだ」と日本側の歩み寄りも求めたからだ。
日本側の認識としては、戦後最悪の日韓関係は「徴用工賠償判決で土台をつぶした韓国側の責任」の一点に尽きる。日本企業に賠償を命じた韓国大法院(最高裁)判決は「(請求権問題は)完全かつ最終的に解決した」と明記した日韓請求権協定を否定した国際法違反である。尹政権にこの認識はあるのか。
尹氏は対日政策について3つのことしか語ってこなかった。「懸案をテーブルに乗せて論議するグランドバーゲン(包括協議)」、「日韓首脳のシャトル外交を復活する」、1998年の金大中大統領・小渕恵三首相(当時)による「日韓パートナーシップ宣言」の21世紀版を実現する―というものだ。しかし、グランドバーゲンもシャトル外交も新宣言も、双方の現状認識が一致しなければ、「絵にかいた餅」にすぎない。
前政権との違いは主張するが…
日本では、早くも尹政権を「反日政権」と見なす論者もいる。彼らは尹氏自身や外相候補(圧倒的多数を占める野党によりいまだに国会承認されていない)の朴振氏の対日観を攻撃する。
例えば、尹氏が出馬宣言した場所が、日本統治時代の独立運動家で上海天長節爆弾テロ事件を起こし、重光葵(元外相、当時は駐華公使)を負傷させた尹奉吉を顕彰する記念館だったとか、尹氏が日本の教科書について「歴史歪曲に対し断固として対処する」と述べた、などだ。また朴振氏については、李明博政権時に竹島(韓国名・独島)に上陸した前歴や、安倍政権下で「いまの日本は植民地支配などへの真摯な反省なしに国粋主義的な方向に向かっているようで不安を感じる」と述べた過去の言説が取り上げられている。
だが、韓国人である彼らが国内政治のなかでみせる個人的歴史観はあまり意味を持たないように思われる。
尹大統領は就任演説で「自由民主主主義」という価値観の重要性を訴えた。北朝鮮に向けては明確に「非核化」を求め、左派イデオロギーで対北融和策を取り、保守派叩きに「反日」を使った文在寅前政権とは全く異なる「国際社会との連帯」を強調した。
就任式を前に林芳正外相と朴振外相候補は「関係改善は待ったなし」との認識で一致した。ロシア、北朝鮮、中国の情勢からも当然の認識だ。この新政権は、外交の最優先課題を米韓同盟の再建に置いている。日韓関係も戦略的観点から日米韓の再構築の中に位置付けているようだ。
左派勢力は「反日」で揺さぶり
南北分断に端を発する韓国の「保守」と「進歩」は、北朝鮮に対する思想信条が対立軸である。だから、「親米反北」VS「反米親北」で両者はくっきりと線引きされる。対日感情はいわばグレーゾーンで、韓国併合を源流とする反日史観は民族主義と結びついており、右も左もさほど変わらない。尹政権もまた日本に「正しい歴史認識」を求めるだろう。
問題は、両国がそれぞれ独自の歴史認識を持つという事実を相互理解したうえで、物事を前に進められるかどうかである。前検事総長の尹氏に、大法院判決を覆すことはできない。しかし、日韓請求権協定という条約の重みは誰よりもわかる法曹人であろう。では尹政権は日本に、どんな政治解決策を提案してくるのか。
新政権が過去志向の民族主義を排し、戦略的に外交と歴史問題を切り分けるデカップリングを主導できるかどうかは、まだ見えない。左派勢力は虎視眈々と「反日」で新政権を揺さぶる構えだ。試金石は徴用工判決の後続措置と日本の「佐渡金山」世界遺産登録に対する尹政権の対応である。