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2025.10.20 (月) 印刷する

トマホーク供与中止は既定路線かTACOか 織田邦男(麗澤大学特別教授、元空将)

ドナルド・トランプ米大統領は「交渉(deal)の達人」を自称するが、強い相手には容易に譲歩しがちなことから、「TACO」(Trump Always Chickens Out=トランプはいつも最後にはしり込みする)と揶揄されている。

今年8月、アラスカで行われた米ロ首脳会談の後、トランプ氏はこれまでの主張を一転させ、ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領に対し、「領土奪還も可能」との見解を示し、米国の巡航ミサイル、トマホーク供与の可能性も示唆した。

だが、10月16日の米ロ首脳電話会談を経て、17日、ゼレンスキー大統領との会談で、事実上のトマホーク供与中止を発表した。トランプ氏はこう言っている。「非常に強力な武器だが、非常に危険な武器でもあり、大きなエスカレーション(戦争拡大)を意味しかねない」「ウクライナがトマホークを必要としないで済む状態にしたい」と。何を今更という気にもなる。「トマホーク供与」はプーチン氏を交渉に誘うカードに過ぎず、所要の目的を達したから中止したのか、それともプーチンの巧みな言説に屈したTACOだったのか分からない。

対ウクライナで揺れるトランプ発言

トランプ氏は大統領就任直後、大統領選の公約通り戦争を早く終わらせるため、被侵略国のウクライナに対し「ウクライナはロシアとの力の差を認識すべきだ」と一方的に譲歩させようとした。その後、ロシアに早期停戦の意思がないことやTACOの汚名を気にしてか、徐々にウクライナ支援の姿勢に傾いた。

アラスカでの会談で、譲歩しないプーチン氏の態度が明らかになり、また「プーチンの外交的勝利」と報じられたこともあり、トランプ氏は対ロ交渉姿勢を大きく変え、「トマホーク供与」が突然浮上した。

ウクライナへのトマホーク供与は、ロシア本土深部への攻撃能力を与えることになり、軍事的圧力だけでなく、切れ味の鋭い交渉カードとなる。即座に反応したのはプーチン氏だった。「(トマホーク供与が)戦局を根本的に変えるとは言えない」としつつも「新たなレベルのエスカレーションになる」「米露関係を深刻に損なう」と警告し、自らトランプ氏に電話会談を持ち掛けた。

電話会談前、トランプ氏は記者団に対し「戦争が解決されなければ、ウクライナにトマホークを供与する可能性があると(プーチン氏に)伝えるかもしれない」と発言していた。だが、会談後は一転して「ミサイルは米国として備蓄も必要だ。戦時、平時に何が起こるか分からない」「我々としてはウクライナがトマホークを必要としないで済む方が良い」「供与するかもしれないが、今すぐ確約はしない」と慎重な姿勢に転じた。

足りない発射装置タイフォン

トランプ氏が本気でトマホーク供与を考えていたのかどうかは不明であるが、技術的な観点からもトマホーク供与には高いハードルがある。

今回話題となったトマホークは、海上自衛隊が既に導入を決めた艦艇発射型トマホークとは異なり、陸上発射型であり、発射には専用の地上発射システムが必要である。そもそも陸上発射型トマホークは、1987年に米ソ間で締結された中距離核戦力(INF)全廃条約によって米国による保有が禁止されていた。INF条約については、締約国でない中国が漁夫の利を得る結果となり、中国のみが中距離ミサイルを約2000発保有する現実が生じた。この不均衡を見たトランプ大統領は2019年に条約を破棄し、中距離核戦力の生産再開に着手した。2024年に実戦配備が可能になったのが今回の陸上発射型トマホークであり、これを発射できる地上発射システム「タイフォン」だった。

この主目標は中国であり、「2000対ゼロ」という不均衡の是正が喫緊の課題である。数少ないタイフォンは米軍にとって重要な戦力資産であり、ウクライナに配備する余裕はないという台所事情がある。トランプ氏の「ミサイルは米国として備蓄も必要」「在庫が減る」の発言はここからきている。

ちなみにタイフォンは移動式であり、トマホークのみならず、複数の中距離ミサイルを発射できる。インド太平洋軍司令官は同盟国への拡大核抑止強化の観点から、第一列島線への配備を要望していた。昨年4月、米比共同訓練でフィリピンのルソン島にミサイルを搭載しないタイフォンが初めて搬入された。今年9月には、日米共同訓練「レゾリュート・ドラゴン2025」で、米海兵隊岩国航空基地に初展開した。この時、中国外務省報道官は「タイフォンのアジア配備は他国の安全利益を損ない、地域の軍拡競争と軍事的対立のリスクを高める」「強い不満と断固反対を表明する」「撤去を求める」とヒステリックに反応している。

運用には米軍の全面支援が必要

トマホークのみならず、これから登場する中距離ミサイルは核弾頭も搭載可能である。プーチン氏は核弾頭か通常弾頭か分からないミサイルが飛んでくると、きわめて危険な状況になるとトランプ氏に警告したという。

またトマホークは、たとえウクライナに供与しても、米軍の全面的支援がなければ、これを運用することができない。トマホークはステルス性もなく亜音速であるため、レーダー探知を回避し、地形照合(TERCOM)をしながら超低高度を飛行する。このため、全世界の地形地物のデータベースを蓄積している国家地理空間情報局(National Geospatial-Intelligence Agency =NGA)の全面的支援が不可欠となる。NGAは米国防総省の傘下にあり、地理空間情報(GEOINT)の収集・分析を一手に担っている。トマホークの供与は、全面的なNGAの支援も供与するということであり、それは米軍の参戦を意味すると言えなくもない。

以上のことから、ウクライナへのトマホーク供与は政治的にも軍事的にも極めて高いハードルがあることが分かる。それを知ってか知らずしてか、トランプ大統領は交渉のカードに使ったということだろう。カードの切れ味は抜群で、プーチン氏との電話会談を実現させ、「(10月16日発表時点から)数週間以内」にハンガリーで実施される米ロ首脳会談を約束させた。だが、せっかくプーチンを引きずり出しておきながら、会談前にカードを自ら棄てるというのはどういうことか。ただ単にTACOだったということか。ブタペストでの米ロ首脳会談から目を離せない。(了)