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2023.11.01 (水) 印刷する

【詳報】日印国際シンポジウム「激動する世界の中の日米印関係」

日印国際シンポジウム/令和5年7月12日/東京・内幸町 イイノホール

日印国際シンポジウム「激動する世界の中の日米印関係」

国家基本問題研究所はインドから国際戦略研究の第一人者であるブラーマ・チェラニー名誉教授を招き、藤崎一郎元駐米大使、近藤正規ICU上級准教授と共に「激動する世界の中の日米印関係」をテーマに議論しました。チェラニー氏の講演をご紹介します。

略歴

ブラーマ・チェラニー Brahma Chellaney

インド政策研究センター名誉教授。専門は国際安全保障、軍備管理問題。軍備管理問題で博士号取得。2000年1月までインド政府の国家安全保障会議(NSC)顧問として、国家安全保障諮問委員会の対外安全保障グループ座長を務めた。米ハーバード大学、ブルッキングズ研究所、ジョンズ・ホプキンズ大学高等国際問題研究大学院(SAIS)などで役職を歴任。著書に『アジアのすさまじい力―中国、インド、日本の興隆』、『気候変動の最前線にて―国際安全保障への影響』(共著)など。様々な雑誌に論文を執筆し、新聞紙にコラムを寄稿している。

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日印国際シンポジウム「激動する世界の中の日米印関係」

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中国の侵略はロシア型ではない

ブラーマ・チェラニー(Brahma Chellaney)

安倍首相のレガシー

今、世界は交差路にあります。将来どちらの方向に向かうのか不確実性があります。グローバル化は進みましたけれども世界の分断も進んでいます。例えば気候変動のような国際問題でも協力が難しい状況です。世界が機能しなくなる可能性があると国連事務総長が警告を発しています。これは現実のものになりそうです。

ウクライナでの戦争で今、国際的なフォーカスはヨーロッパに移ったわけですけれども、実際は一番大きな安全保障の課題はインド太平洋地域にあるのです。

「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」というコンセプトはみなさんご存じだと思います。これは、誰が作ったか。故・安倍晋三首相です。四日前に一周忌を迎えました。安倍さんの暗殺は分水嶺でした。日本の歴史の中でもです。ケネディ大統領はアメリカで一九六三年に暗殺されましたけれども、それがアメリカの歴史にとって分水嶺であったのと同様に、です。

ケネディ暗殺と同様に、安倍総理の暗殺によってまだ答えが見つかっていない問いが残っています。例えば、国の安全保障はどうなっているのか。彼はどうして守られることがなかったのか。彼は亡くなったにも拘わらず、安倍さんは生き続けています。つまり、彼はレガシーを残したのです。

この「自由で開かれたインド太平洋」という概念は、より重要になってきました。今日により関連性を持つようになってきたのです。アメリカの二つの政権が次々とこの「自由で開かれたインド太平洋」という概念を受け入れ、アメリカの戦略の中心に据えているのです。アメリカが、外国で作られた概念を受け入れるのは、これが唯一の例ではないでしょうか。それを自分たちの戦略の中心に据えるのは、過去に一度もありません。ですから、これは大変ユニークな安倍総理のレガシーと言えるでしょう。「自由で開かれたインド太平洋」という概念が今日もアメリカの政策の指針となり続けているわけです。

弱い国は守られない

インド太平洋にどういう課題があるのか。大事なのは、この世界では競争と対立は必ずあるものだということです。なぜならば、世界政府が存在しないからです。国際法を執行する世界政府はなく、より弱い国を守ってくれる組織が存在しないわけです。

例えば、ここ二十五年間の歴史を見てみましょう。大国が侵略を繰り返しています。より小さい国の侵略を続けている。同じパターンです。

一九九九年にはNATO(北大西洋条約機構)のユーゴスラビアでの空爆がありました。主権国家が大国によって侵攻を受けるということが繰り返されてきています。これから先の二十五年間も過去二十五年とそんなに大きくは違ってこないのではないでしょうか。

なぜならば一つ理由があります。国際法の厳しい現実です。国際法は力強いものです。しかし、国際法は弱いものに対しては力を持つけれども、強いものに対しては力を持たない。だから主権国家が侵攻され続けるという同じパターンが繰り返されているのです。今日もそうです。主権国家がロシアによって侵攻を受けました。今、国(ウクライナ)の中で戦争が続いているわけです。

ただ特筆したいのは、この侵攻が侵略者の計画通りに進むことはほとんどないということです。過去二十五年、侵略者の計画通りに進んだものは一度もなかったのではないでしょうか。もっと遡っても、非常に上手くいった侵略、侵攻などはないわけです。

イラクのサダム・フセインはクウェートに侵攻したときに力を失った。そして自分の命さえ失うことになってしまいました。

アメリカはアフガニスタンやイラクを侵攻しました。どうなったか。長く、コストの高い軍事の泥沼に入ってしまったわけです。アメリカは二十年間も戦争に足を突っ込むことになり、最終的にはアフガニスタンをタリバンに渡さなければなりませんでした。言い換えれば、アフガニスタンをテロリストの手に渡してしまったということです。アフガニスタンにはそもそもそれを止めるために介入したのにも拘わらず、です。

リビアで西側が介入した時にはどうだったでしょうか。リビアは依然として破綻国家で、全く機能不全に陥ってしまっています。イスラエルは南レバノンを侵攻した結果、十八年間にわたる占領時代に入りましたがそれは終わりを迎えました。イスラエルは全く戦略的な目的を達成しないうちに、撤退しなければならなかったということです。

ロシアがウクライナを侵略した結果がどうなるかは別として、一つ確実に言えることは、非常にその代償は高くつくということです。これは間違いない。そして、ロシアは自らの力を削がれてしまうことになるということです。

ウクライナは過去の侵略と同じように、その悲惨な状況が続いて不安定化してしまう。国内が分断されてしまうかもしれません。ウクライナの領土の二〇パーセントをロシアが占領しており、そこからロシアが引き上げることは考えにくいからです。

ウクライナ戦争の勝者

こういった背景の中で我々が自問自答しなければならないのは、「ウクライナの戦争から勝者は出てくるのか」ということです。ウクライナの戦争は、我々すべての人の生活に影響を及ぼしています。経済的、エネルギー的、政治的、地政学的にも、様々な影響を世界中に及ぼしています。ですからそれはロシアが勝つか、ウクライナが勝つかという意味での勝者ではありません。他にも当事者はいます。欧米が全体としてこの戦争に関わってしまっているからです。ですから「ウクライナ戦争から勝者は出てくるのか」とは、間接・直接を問わず「あらゆる当事者の中から勝者が出てくるのか」ということです。

色々な当事者が関わり、様々な影響を受けています。

ウクライナは最も大きな破壊に苦しんでいます。そして、控えめに見積もってもウクライナの将来は非常に暗いと言えるわけです。

ロシアはどうか。今回の侵略で最も重い制裁を受ける国になってしまいました。今の段階で終戦の見通しは少ないですが、仮に停戦になり、朝鮮戦争のように休戦協定が結ばれたとします。朝鮮戦争は終戦を見ておらず停戦状態がずっと続いています。今、朝鮮半島は紛争が凍結状態にありますが、それはウクライナでも起こりうるわけです。しかし、停戦というシナリオでも欧米の対ロシア制裁はなくならないでしょう。ロシアは予見可能な未来において非常に厳しい制裁を受け続けることになります。その結果、ロシアは経済的な出血が止まらない。また、ロシアは国際的な立場、ステータスも弱まっています。欧米がロシアの首を絞め、孤立化させているからです。

ヨーロッパは大きな影響を受けています。経済的にも、地政学的にも、ウクライナ戦争の影響を受けてしまっています。

アメリカはどうか。もちろん地理的には、戦地から遠い。しかし、アメリカはあまりにもこの戦争に間接的に深く関わっています。例えば、アメリカはウクライナに兵器を供給しています。バイデン大統領は三日前、日曜日にCNNのインタビューで、アメリカは砲弾などがなくなってきていると述べています。アメリカはロシアと直接戦ってるわけではなく、兵器や弾薬をウクライナに提供しています。それが段々と枯渇してきていると述べているわけです。

だからこそバイデン大統領は、他に選択肢がないからクラスター弾をウクライナに提供すると言っているわけです。過去に他の国、シリアやスーダンがクラスター弾を使ったとき、アメリカはそれを戦争犯罪だと非難しましたが、そのアメリカがウクライナにクラスター弾を提供すると言っているわけです。つまりこの紛争は非常に醜い紛争になってしまっているということが分かります。

二匹の猫と猿

アメリカの生産能力、つまり重要な兵器や弾薬の在庫を積み増す製造能力は、ロシアより劣っていることがこれによって詳らかになったわけです。今回の戦争が行われるまで、そんなことは誰も知りませんでした。ロシアの生産能力がアメリカを越えているなんて誰が考えたでしょうか。でもそれが現実になっているのです。

そして中国が力をつけてきているという背景があります。アメリカはウクライナを支えるために戦争のための重要な在庫が減ってきている。そのときに中国の影響力がどんどん大きくなってきている、という状況にあるわけです。ですからアメリカを勝者と言うこともできない。アメリカが今回の戦争の勝者になりうるとは考えられないわけです。

インドには二匹の猫と一匹の猿の児童向けの物語があります。二匹の猫がお菓子を奪い合っている。そこに猿がやってきてお菓子を横取りしてしまう。こんな話です。インドではこの物語で何を子供に教えようとしているのか。それは二匹の当事者が論争したり、戦ったりしていると、全く関係ない第三者が勝者として全部持っていってしまうことがありますよ、というメッセージです。

では現在、誰が二匹の猫なのか。ロシアと欧米です。ケーキを巡って争っているわけです。ケーキとは将来のウクライナです。では、そこに出てくる猿は誰なのか。猿は中国なのです。

今回の戦争は中国にとっては終わってほしくない戦争です。この戦争が長引けば長引くほど中国は力をつけ、アメリカは弱体化する。だから中国はこの戦争の終結を望んではいないわけです。

ではなぜ中国が勝者となるのか。これは日本の安全保障にもインドの安全保障にも直接的な影響があり、アジア、インド太平洋地域の全ての国にも影響があるため述べます。

欧米が科している対ロ制裁は、アメリカの政策当局が中国に差し出したこれまでで最大の贈り物なのです。世界で最も天然資源を豊富に持っているロシアを中国に差し上げてしまったということです。そして中国がロシアとの二国間関係を支配できるようになったのです。ロシアの機微な軍事技術も使えるようになった。中国はロシアのバンカー、銀行になったということなのです。欧米が制裁を科したがゆえにロシアはドルを使えません。ロシアは今、人民元で貿易決済を行っているという状況です。

インドとロシア原油

そして今回の戦争でエネルギーが大変なことになりました。

ヨーロッパは今回、ロシアのエネルギーからスイッチしました。安くてもロシアのエネルギーを買わず、より高いコストをかけてロシア以外からヨーロッパはエネルギーを調達しているわけです。そこで恩恵を受けているのは誰か。

それは中国なのです。中国にとっては二つの棚ぼたと言っても良いでしょう。

もちろんインドは恩恵を受けています。インドは主要なロシアの原油の買い手になってます。なぜならロシアの原油はアメリカ、欧米の制裁の対象となっておらず、石油の決裁にも制裁がかかっていないからです。

一方、イランからの原油はアメリカの制裁の対象となっています。トランプ大統領が色々な制裁をイランにかけ、石油の輸出にも制裁がかかりました。そのアメリカの制裁に応じてインドのイランからの石油輸入はゼロになりました。インドにとってイランは緊密な国だったので、割り引きもありイランが石油のナンバーワン供給国だったのですが、その石油は買えなくなりました。今インドは同じような状況に晒されたくないと考えています。

ですからインドはロシアの石油を買って取引をどんどん増やしています。イランの石油にアクセスできないことを埋め合わせているわけです。

もし、インドがロシアの石油を買わず、イラクやナイジェリアなどから買っていたとしましょう。そうすると世界の市場におけるエネルギーの価格変動はさらに大きくなったでしょう。なぜなら日本や欧米は今、中東からの石油への依存を高めているからです。インドがもしロシアから買わず中東に依存したら価格は高騰します。世界の景気後退を生んでしまうことになるでしょう。

実際、インドは石油の輸入国では三番目に大きく、石油化学製品の輸出では四番目です。ロシアから石油を輸入して生成したものをヨーロッパや他の市場に輸出をしているわけです。もちろんインドが自国の利益のために安い石油を買っているのは間違いありませんが、ある意味、間接的に世界経済の役に立っているのです。

中国の棚ぼた

では、中国にとっての二つの棚ぼたとは何か。

中国がどんどんロシアの石油とガスの輸入を増やしています。陸上輸送です。例えば、液化天然ガスを海上輸送で輸入する場合、封鎖にあう可能性があります。中東から中国に海上輸送する場合には、もし中国が台湾を攻撃した時にはアメリカ海軍が封鎖をすることができます。中国はそのような封鎖にあう可能性があります。

けれども今、中国は中核的なエネルギーをロシアから陸上ルートで輸入しているのです。そうするともう安全です。もし台湾を侵攻してもエネルギーの供給を途中で止めることはできない。封鎖はできません。中国を混乱させ、途絶させることはできないわけです。

中国はいわゆる「エネルギーのセーフティーネット」を作っているのだと言っています。エネルギーセーフティーネットを作れるのは西側のロシアに対する制裁があるおかげです。ヨーロッパが安いロシアのエネルギーに背を向けたから、それが可能になったわけです。中国がロシアの銀行家になり、ロシアの石油とガスの主要な買い手となったのです。

これが中国の大きな棚ぼたです。

中国にとって二つ目の棚ぼたはイランの石油です。他の国々はアメリカのイランに対する制裁を遵守しましたが中国は決して守らず、イランの石油を買い続けています。でもアメリカの制裁はかかっています。アメリカは中国には制裁をかけるのは怖いと思っているからです。その結果、中国が独占的にイランの石油を買ってる状態なのです。このシナリオの中では、中国に売る時にはイランはさらに価格を安くしなければなりません。中国の市場でイランはロシアと競争しているわけです。

これは、ウクライナでの戦争のおかげなのです。ですから中国は、明らかにより意を強くして大胆になってきています。この戦争は中国にとっては贈り物のようなものなのです。

中国の三戦略

そこで問題です。果たして台湾は次のウクライナになるのでしょうか。

もし、台湾が次のウクライナになるのであれば、直接的に影響を受けるのは日本の安全保障です。日本が軍事的に台湾紛争に巻き込まれる可能性があります。台湾は日本の安全保障の領域に入っているからです。これは日本、もしくはインドから遠くで行われる戦争ではなく、アジア諸国とその権益に大きな影響を与える紛争となるでしょう。

そして台湾が次の紛争地域になる可能性があります。習近平は今、良い時を見計らっている。台湾に攻撃をかけて、アメリカなどを不意打ちにしようとしています。

ロシアはウクライナに対して全面的に侵攻をかけています。でも中国の戦略は全く違うのです。一九七九年、中国はベトナムに対して、ロシアがウクライナに今日やっていることを行いました。つまり中国は全面的に仕掛けてベトナムに入っていきました。そこで中国は痛い目にあったのです。

中国があの一九七九年の失敗からどういう教訓を学んだかと言えば、全面的にやるのではなく、もっと高度な戦略を実行しなければいけないということです。あの失敗の結果、中国の侵略の戦略に大きな転換がありました。

七〇年代に中国は西沙諸島の占拠を行い、拡張主義をとって、南シナ海の地政学的な地図を書き換えました。太平洋とインド洋を繋ぐ重要な回廊ですけれども、中国は一発も銃弾を撃たずにそれを成し遂げたのです。これはものすごい拡張主義です。中国は国際的な対価を支払わず、それを達成しました。

どうやって行ったか。この戦略は少しずつ攻撃を高めるというものです。一つの攻撃を百に分けて行う。ちょっとずつやるわけです。

中国の戦略には一九七〇年代中盤から見られる三つの要素があります。これは中国が今まで行ってきた侵略行為の中で全て使われてます。

まず一つ目は「ステルス(隠密)」、二つ目が「デセプション(欺瞞)」、三つ目が「サプライズ(不意打ち)」です。ステルス、デセプション、サプライズ。中国はひっそり、騙しながら、サプライズをかけるのです。

インドへの侵略

この三要素は、日本に対する中国の戦略でも行われています。これで中国は尖閣問題を国際紛争に持ち込み、日本の空域、海域への侵入を増やしているわけです。

同じく三要素はヒマラヤでの中国の戦略にもあります。この三年以上、中印は軍事紛争を抱えています。十万人以上のインド人、そして十万人以上の中国の兵士が、ヒマラヤの最前線で睨み合っています。この睨み合いがなぜ始まったのか。インドの北部、ラダックにおいて、中国がひそかにインドの領土を少しずつ取っていたからなのです。

ヒマラヤの最前線地帯は、冬は物理的に兵士がそこにいるのさえ厳しい寒さです。その氷や雪のある厳冬に、中国がインドの重要な国境地帯を手中に収めてしまったのです。インドは、それに対して強く対応しました。中国軍に匹敵する軍隊、あるいはそれ以上の軍隊を送りました。そしてインドは絶対に折れないという姿勢を強く示したわけです。

この対立は国際的にはあまり注目されず話題になりませんでした。なぜなら皆ウクライナばかりに目がいっているからです。でも中印のこの対立は今後、最悪の場合は全面戦争になりかねない。少なくともさらに激しい衝突になり得るリスクを孕んでいます。中国の戦略の三要素はここでも揃っているわけです。

万が一、習近平が台湾に対して何か行動を起こすとすれば、間違いなく言えることが一つあります。それは、ロシア型の台湾攻撃にはならないということです。軍隊をフルに使った台湾への侵攻にはなりません。やるとしたら中国は真綿で首を絞めるような戦略を取るでしょう。これを「スロースクイーズ」と言いますが、徐々に、徐々に、台湾の息の根を止めていく。それが中国の戦略です。

茹でガエル戦略

中国はそれをどうやってやるのか。台湾海域での中国の実弾演習がそのやり方を示しています。つまり中国が台湾を侵略する場合には、まず台湾の海域と上空を封鎖する方法を取ることが実弾演習から見えます。

中国の侵略は先述のように複数の段階に分かれ、小刻みに行ってきます。

まず、最初の段階は完全な封鎖ではないかもしれません。海警や漁船などを使って台湾海峡を封鎖する。その封鎖の規模を少しずつ広げていく。そして台湾を三六〇度封鎖する。どこからも台湾にアクセスできないように、台湾がどこにもアクセスできないようにするのです。例えば台湾と他の国が繋がっているインターネットのケーブルを切断する。あるいは台湾へのエネルギー供給を止める。台湾は原油の備蓄が七日間分しかないと公式に述べています。中国がこのスロースクイーズ戦略を取ったとすれば台湾は屈服するしかない状況に追い込まれるわけです。

中国は誰の目にも明らかな侵略という形はとりません。まず文民、武装した漁民を使ったりして侵略をしていく。これは我々にとって大きなジレンマになり得るわけです。

ホワイトハウスはこの中国の戦略を「茹でガエル戦略」と呼んでいます。熱いお湯の中にカエルを入れるとすぐに飛び出てカエルは逃げます。でもカエルをお鍋の水の中に入れて少しずつその水の温度を上げていくと、カエルは水が熱くなってきていることに気が付かないのです。水温は少しずつ上がっていくけれどカエルはそれに慣れていく。最終的には沸騰して熱湯で命を奪われるまでカエルは気がつかないのです。中国の侵略もそれと同じです。「茹でガエル戦略」なんです。

インド太平洋地域が鍵

中国の拡張主義はすごくスピードが遅くて、少しずつ欧米や日本、インドのエリートなどを慣らせていくということです。そして、もうどうしようもない、中国の拡張を止めることはできないという状況を生み出していく。そして西側が一致団結するのを防ぐ。一致団結する前に「遅すぎる」という状況を生み出すのです。

バイデン大統領は記者会見で、中国が台湾を攻撃した場合にアメリカは台湾を防衛するのかと聞かれ、こう述べたと言われています。「イエス、過去にない攻撃があったら防衛する」と。でも台湾に対しては「過去にない攻撃」はないでしょう。「明らかな台湾に対する攻撃」も起こらないでしょう。

ではアメリカは、中国が台湾に行っていることが侵略だとどのタイミングで、どの段階で判断するのか。中国がスロースクイーズ戦略を取る場合、どのタイミングで、それが戦争行為であり台湾を守らなければならないとアメリカは腹をくくるのか。

これは台湾の今後の運命、アメリカの将来を左右することになります。もし台湾が中国の手中に落ちてしまったら、それはアメリカのグローバルな優位性の終わりを意味します。

インド太平洋地域は、経済的にも、地政学的にも非常に大きな世界の中心地、ハブとなりました。でもインド太平洋地域は大きな安全保障上の課題に直面しています。インド太平洋地域は広い海を抱えているため、海洋の課題にどう対処するのかが地域の秩序にとって非常に重要な意味を持っているのです。台湾の自治をどう保全していくのかがインド太平洋地域における最も喫緊の課題で、おそらく世界の最も喫緊の課題だと言えるでしょう。

欧米の批評家はよくロシアがウクライナに侵攻したことによって、世界秩序の根幹が揺らいだと言っています。でももし、中国が台湾を取ってしまったなら、それは単に世界秩序の根幹が揺らぐだけではなく、全くこれまでにない秩序が始まってしまうということです。これまでにない秩序が導入されると、この新秩序の下でアメリカの同盟国からなるシステムが破壊されてしまうということです。もし台湾が中国の手中に落ちてしまうことになったとき、日本は日米安保条約の下での安全保障を信頼することができるでしょうか。

インド太平洋地域の大きな課題とは「自由で開かれたインド太平洋」を維持することです。それは安倍さんが望んだことです。そのために必要なのは、地域の秩序を作ることです。

ルールベースの、威圧のない、自由が損なわれない、つまり航行の自由、上空飛行の自由を守るということです。世界の中心が今、インド太平洋に移ってきています。国際安全保障の鍵を握っているのはこの地域です。

 

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