12月4日に公表された米国の国家安全保障戦略(NSS)は、その名称とは裏腹に外交政策の基本方針を示した文書である。その性格については、先週の「今週の直言」(第1320回)「今週の直言」(第1320回)ですでに指摘したとおりだ。
トランプ第1次政権下のNSS2017は、中国とロシアを「現状変更勢力」、北朝鮮を「ならず者国家」と断じ、明確な対立構図を打ち出していた。ところが、今回のNSS2025(以下「文書」)では、その語調も視点も大きく転換している。ロシアへの言及はきわめて限定的であり、北朝鮮に関しては全く触れていない。中国についても、相互主義と公平性を重視しつつ「相互に有利な経済関係」の維持を掲げている。さらに、モンロー主義への回帰を主張する記述は、国際社会に少なからぬ衝撃を与えた。
米が世界秩序を支える時代は終わった
この変化の背景には、米国の相対的な国力低下という厳しい現実がある。文書は「アトラス(天球を支える神)のように米国が世界秩序全体を支える時代は終わった」と明言し、冷戦後の米国指導者たちが「望ましくもなく、かつ不可能な目標」を追い求めてきたと総括した。米国自身が覇権追求の時代の終焉を公式文書で認めた意義は重い。
もっとも、覇権を放棄したからといって、中国やロシアに主導権を譲る考えがないことも明白である。文書の非公表版の存在を報じた米軍事専門サイト「ディフェンス・ワン(Defense One)」の記事(12月9日付)は「中国とロシアが米国の指導的地位に取って代わることを許すべきではない、と文書は述べている」と伝えた。米国は単独で世界秩序を支える立場から退きつつも、地域秩序の主導権は手放さないという、現実的な路線を選択したのである。
その結果として、同盟国への期待は格段に高まっている。文書は、各同盟国がそれぞれの地域で第一義的な責任を担い、集団防衛を通じて地域の安定に寄与することを強く求めている。米国が最優先するのは、自国の国益に直結する西半球であり、次いで世界の国内総生産(GDP)の過半を占めるインド太平洋地域である。とりわけ、南西諸島から台湾、フィリピンへ延びる第1列島線への侵略を拒否する軍事能力の構築を明示した点は重要である。
「C5」構想が意味する世界観の転換
ディフェンス・ワンの記事は、さらに注目すべき構想を明らかにしている。文書の非公表版には、米国、中国、ロシア、インド、日本で構成される新たな枠組み「コア5(C5)」を構築する提案が含まれているという。人口1億人を超えるこれら5カ国が、主要7カ国(G7)と同様に、特定のテーマについて定期的にサミットを開催するという構想である。
この構想が意味するのは、主要地域の利害を代表するリーダーが、イデオロギー対立よりも実利的な問題解決を目的として協議する場の創設である。地域大国の影響力を相互に承認することで、地域間の安定化を図ろうとする発想と解釈できる。
このC5に日本が含まれていることは、わが国にとって重要な判断を迫るものである。それは二つの意味で、日本外交の根本的転換を要求している。
第一に、日本は単なる「米国の同盟国」から「地域の主要プレーヤー」へと立場を変え、より大きな外交的主体性の発揮を求められる。
第二に、より深刻なのは、自由、民主主義、人権、法の支配という普遍的価値観を共有する従来の枠組みから逸脱することを、暗に求められる可能性がある点だ。権威主義国である中国やロシアと同じテーブルで「取引」を行う枠組みは、価値観外交からの大きな転換を意味する。
「米国を安心させる」日本への転換
文書が同盟国に突きつけた要求は厳しい。「ただ乗り」や「貿易不均衡」といった慣行はもはや許容できないとし、防衛負担の公平性を強調している。具体的には、同盟国がGDPのより大きな割合を自国防衛に充てることを期待すると明言した。もちろん、第1列島線における侵略抑止は、日本防衛そのものに直結する課題である。日本はこれまで、日米同盟の下で「米国に安心を求める立場」にあった。しかし今後は、「米国を安心させる立場」へと発想を転換することが求められている。
同時に、C5構想が示唆する「価値観よりも実利」を重視する新たな枠組みの中で、日本がどのような立ち位置を選択するのか。防衛力強化と経済力の維持という物理的な課題に加え、外交理念そのものの再定義という困難な課題に直面する可能性がある。(了)





