富坂氏との論争で氏と私の間にかなり考え方の違いがあることが分かりました。そのことがわかったことで、色々な論点が見えてきました。その意味で富坂氏に感謝します。その上で富坂氏に短くお答えします。
富坂氏は2月13日付「ろんだん」欄で次のようにご批判くださいました。
〈「日韓合意で韓国の約束違反を問題にしない富坂氏が」との記述ですが、私は「問題にしない」と発言・記述したことはありません。品位のない行為は慎んでください。〉
気分を害されたなら申し訳ありませんが、私は富坂氏が文章の中で明示的に韓国の約束違反を問題だと主張されていなかったのでそのように表現しました。
富坂氏の1月11日付寄稿には
〈2015年12月の日韓合意の内容を考慮すれば韓国側の対応には疑問符が付く。日本人が厳しい措置を求めても当然だろう。
だが、筆者は市井の人々がそうした発想に流れることは理解できても、政府が制裁的な対抗策を打ち出すのはやはり早計に過ぎると思うのだ〉とありました。
また、2月1日付寄稿では
〈私の主張は、慰安婦像を撤去させることを外交の目的としてはいけないということです。つまり、極左勢力が日本への憎悪をたきつけることで自らの存在意義を高めようとしているときに日本が慰安婦問題で強引なことをすれば、かえって相手に利用される結果になりかねない、という注意喚起なのです〉とあります。
●「約束違反」の中味について
2つの寄稿のいずれでも、富坂氏は約束違反については具体的に触れていません。
日韓合意で韓国は慰安婦像撤去を約束してはいませんが、公館の安寧・威厳の維持のため関連団体との協議を行う等の努力をすると約束しました。しかし、いまだに韓国政府は慰安婦像を設置した団体と協議を持っていません。そのことを私は約束違反だと1月24日の最初の反論で指摘しています。
安倍政権も慰安婦像撤去を大使一時帰国などの措置を解除する条件とはしていません。ボールは韓国側にあるとして、韓国政府が努力するという姿を見せることを待っています。以上のような状況と富坂氏が文章で約束違反について言及していないことをもって私は「日韓合意で韓国の約束違反を問題にしない富坂氏が」と書きました。その点ご説明しておきます。
次に富坂氏は、私が富坂氏の主張について「宮家邦彦氏らの流れに乗るものだ」とし、その根拠として「わが国の名誉を守るという目標を他の問題との関係で譲ってもよいと考えている」と書いたことについて、「いつ私がそんなことを言ったのでしょうか」と批判しています。その批判に続いて富坂氏は次のように主張しています。
〈私の主張は、学術の世界で事実を追求することと、それを政治・外交の場に持ち込むことは別だというものです。政治・外交の場に持ち込むのなら、当然、日本の立場を利する行為か否かを精査する必要がありますから。短い言葉に置き換えても、「他の問題との関係で譲ってもよい」とは明らかに違います。〉
●名誉は譲ってならない国益
私が従来から批判している宮家氏の見解はまさに富坂氏がここに書いているものと一致しています。宮家氏は外交において慰安婦問題や南京問題では反論をすべきでないと次のように主張しています。
〈過去の「事実」を過去の「価値基準」に照らして議論し、再評価すること自体は「歴史修正主義」ではない。しかし、そのような知的活動について国際政治の場で「大義名分」を獲得したいなら、「普遍的価値」に基づく議論が不可欠だ。いわゆる「従軍慰安婦問題」や「南京大虐殺」について、歴史の細かな部分を切り取った外国の挑発的議論に安易に乗ることは賢明ではない。
過去の事実を過去の価値基準に照らして再評価したいなら、大学に戻って歴史の講座をとればよい。逆に、過去の事実を外交の手段として活用したければ、過去を「普遍的価値」に基づいて再評価する必要がある。歴史の評価は学者に任せればよい。現代の外交では普遍的価値に基づかない歴史議論に勝ち目はないのだ。〉(『WEDGE』2015年6月号)
一方、安倍晋三総理は政府として慰安婦問題での誹謗中傷には「政府として事実でないと示していく」と国会で以下のように明言しています。
〈海外のプレスを含め、正しくない事実による誹謗中傷があるのは事実でございます。
性奴隷あるいは二十万人といった事実はない。この批判を浴びせているのは事実でありまして、それに対しましては、政府としてはそれは事実ではないということはしっかりと示していきたいと思います。〉(2016年1月18日参議院予算委員会)
ここは富坂氏と私の意見がはっきり対立しているところです。私は先人を含む日本人と日本国の名誉を守ることは譲ってはいけない国益の一部と考えています。慰安婦像撤去を外交目標にすべきだとも考えています。
●感謝したい論争の成果
最後に「米国が地域の安全保障、または同国の世界戦略の観点から日韓が歴史問題で対立することを諫めたとき、日本は頑としてそれを突っぱねるということでしょうか」という富坂氏の問いに対して私は、「米国に対して韓国の主張には事実に反する誹謗中傷が含まれるという点を体系的に説明すべきだ。それを今まで外務省がやってこなかったことが問題だ」と答えます。
ここまで2人の意見の違いが明らかになったことは今回の論争の成果です。その意味で富坂氏に再度感謝します。